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VOL.48/Aug,2000

INDEX
  1. NEWS
    ・第12回演奏会のご案内
    ・伊東氏連盟理事に就任
    ・演奏会実行委員より第12回演奏会に向けて
  2. 特集:突撃インタビュー〜松下先生に聞く
  3. 資料1:”ふるさとの歌”
    〜懐かしい文部省唱歌より〜(注釈と解説)
  4. 資料2:テッチャンのラテン語講座
    〜発音、歌唱のために(基礎編)〜Taro Tetzmi
  5. ●ピアニスト、人間、長田育忠先生
  6. Liner Notes by Itoh Keishi
    ■藤棚の香り漂う・・・

  1. ぬかやゆきひろの
    頭じゃなくてからだで歌う発声法
  2. Nietzscheたいらちゃんの
    <ビデオを観よう!>
  3. ●How do you do?●
  4. 鷲崎 春の演奏会情報
    −心の財産を見つけてみよう−
  5. ●うずからのお知らせ●練習予定表
  6. ●ホーリィからのお知らせ●合唱連盟便り
  7. ●編集後記●



よどこんプラザ5月号

よどこんニュース:
 ・第12回演奏会のご案内
 ・伊東氏連盟理事に就任

特集:松下耕先生に聞く


 
NEWS

演奏会まであと…
カウントダウン開始 
演奏会も目前!! そこで、演奏会に向けての皆様へのメッセージを、スタッフを代表して自称「技術的雑用係」矢口奈都子さんと、演奏会実行委員長北浦久美子さんからいただきました。

【技術的雑用係やぐちからのコメント】
みなさま。演奏会への準備、着々と進んでおりますでしょうか。
気がつけばあと数週間。本番までにはきっちり終えておきたいものです。(演奏会終わっちゃったら意味ないですもんね。。)
じゃあ、何を「準備」したらいいのでしょう。

  1. 技術的なこと。

    (イ)楽譜に書いてあること        ・・・・・音・強弱・その他の記号
    (ロ)曲に関する知識         ・・・歌詞の解釈とか、曲の背景とか
    (ハ)指揮者の指示


    この3点をまず体と頭にインプットする。そして、「咀嚼」し「吸収」する。
    暗譜必須!と言われると、どうしても(イ)に留まってしまうことが多いですが、実は(ロ)や(ハ)の方が重要だったりします。
    (いや、歌詞を間違ってもいいと言ってるのではなくて^^;)また、なまじっか長い期間をかけて練習しているので、時折「惰性」で歌ってしまうことがあるのではないでしょうか。
    演奏会直前だからこそ、初心にかえるというか、緩みそうなネジを締め直して回る必要があると思われます。
    ついでに、やぐちが普段考える、とある「図式」をご紹介。



    [暗譜することのメリット]
     楽譜をはずす→上半身が楽になる→姿勢が良くなる→
     顔が上がる→周りの音が聴ける→
     「はもった!」瞬間が分かる→表情が良くなる→
     指揮者もにやりとする→
     歌い手と指揮者との「会話」が成立!→
     お客様に「会話」が伝わる→良い演奏!! (ながいなぁ。。)


  2. 運営的なこと。

    専門外なので良く分かりませんが(爆)、一つだけ。
    「チケットまき」ですね。大勢のお客様と素敵な瞬間を共有したいではないですか!まだまだ時間的余裕はあります!
    演奏会が終わった後に「後悔」しないように、「自分にとっての最大限」の「情宣」をしましょーう。


  3. 本番当日のこと。

    (イ)テンション上げて集合しましょう。
    (ロ)オーダーの並び替えは、時間をかけないようにしましょう。
    (ハ)本番の演奏は「内に秘めたテンション」を持って、「冷静な耳」と「整った声」で臨みましょう。また、声や体力の計画性も重要です。決してBUSTO一曲目で燃え尽きないように!


こんなところが「演奏会への準備」でしょうか。
よし!残り数週間を駆け抜けるぞー!!!(←すでに「計画性」なし)


演奏会実行委員より

   (弟12回演奏会実行委員長 北浦久美子)

六月も半分過ぎました。いよいよ、演奏会も目の前です。
さて、今年は、いろいろありまして、皆さんにはご迷惑をおかけ致しております。
あと一ヶ月、マネジメントは、憚りながら、演奏会実行スタッフで、ひっぱっていきますので、当日、心ゆくまで、演奏会を楽しめるよう、皆さんは「おうた」の方を、頑張って下さいね。

さてさて、今回は、その演奏会実行スタッフの様子などを、ご報告させていただきます。
今年は、ご存知の通り、委員長がフル・オンステできないかも!という情けない状態でして(すんません。。)それをカバーするように、周りのスタッフが非常に優秀です。

<パンフ>
副委員長である糠谷(ダンナ)さんが、取りまとめ役になって、動いています。他に、ソプラノの杉田さん、栗田さん、音田さんが、手伝ってくれています。
ある日の、某所でのミーティング…。


「2ページに分けるやろ?」
「勢力の大きい奴を…、こう、わけて…」
「これ、なんやったっけ?」
「それなあ、ちょっと待ってな…」
「・…ギャハハ、それいい、笑える、めっちゃ笑えるうっ!!!!」
「みちよ〜、ちゃんと、これも描いといてな。」
「…みちよ、描くだけやからね、描くだけ。」
「こっち、どうしよ?」
「……なんかない?これと対になるような言葉。」
「なあ、いつまでに描くの?」
「うーん……15日。」
「15日!?4日しかないやんかっっ#」
「だから、頑張って描いてな〜☆」
………endless.....
同席しましたが、なかなか、エキサイティングでした。列席していた方々、お疲れサマでした。
一番、頭を悩ます団員紹介の部分を、単なるアイデアから飛躍させ、具体的な構図、実際のページ上での配置や印字する文字列まで、びしっと決めることができました。
そして、先日、谷さんと話をしてきたのですが、「これだけ揃ってたら、やり易い」と、喜んでいらっしゃいました☆

 毎年、遠藤さんと谷さんのお二人に、デザインもなにもかも、お任せして押し付けてきましたが、今年は、少しだけ、よどこんパンフ委員も、活躍できたのでは?団員の皆さんも、出来上がりを楽しみにしていてくださいね。
あとは、校正の仕事が、最後に残ってますが、よろしくお願いします。

<チラシ撒き>
ここしばらく、頻繁に前へ出てくる某ベース男性。そう、島田さんです。去年は、サブに撒かせたこのお仕事を、今年は、別に任命させていただきました。通称、チラシ撒き隊長。
島田さんには、大雑把に、「これこれ、こういうことをしてくれ」とお願いしたところ、「これでどうですか?」と、見事な表を作成。そして、マメにその表を更新し、アポを取り、人の手配とチラシの手配をし、自分でも何回も足を運んで、今現在、最終調整に入っているところです。


……とある日、とあるところでの、とある3人。
しゃがみ込んで、地面に置いた、スケジュール表を覗き込んで、会議中(^^;


「…これ、団員募集も挟みたい。」
「じゃあ、今度の練習に700枚持ってきてください。」
「こっちも、大学のジョイントだから、入れたいなあ…。」
「じゃ、こっちも持ってきてください。え…と、1000枚ですね。」


げっ# 1700枚か。う〜、しんどいかも…。
しか〜し、今年は、強い味方がいるのです!キャリーです。ふふ、これは、ツワモノですよ!来年のチラシ撒き部隊に、貸し出ししようかしら。2000枚
どころか、3000枚でも、ラクに運べます。ええでっせ、これは。…そして、その日、別のチラシ撒きの方に、キャリーごと、チラシを渡してしまったことに、翌日になって気づいたのでした。

チラシ撒きに関しては、やはり、これまで、遠藤さん、金森くんに大きく頼っていましたので、その分、今年はどうなるか、と心配してましたが、積極的に、この地味で単調な役目をかってくれる団員の方が多く、助かっています。チラシ撒きも、あと一息です。チラシ撒き隊長が、前に出てきたときには、是非とも、ご協力お願いします。

<情宣>
レク委員長の渋谷さんが、率先して、進めています。阪混、ひびき、CCDなどに、情宣してます。少しでも、演奏会にきて頂いて、あわよくば、未来の団員となってくれますように☆

<招待状書き>
今年も、北浦の家でやりました。日差しが強くて熱い中、24時間営業コンビ二もないような、辺境の地へ、よくぞおいで下さいました。今年は、ワタクシがやり方をわかってましたので、あまり、ごたごたせず、スムーズに行ったと、思います。集まっていただいたのも、丁度よい人数でした。どうも、ありがとうございました。

<演奏会費回収開始>
今年の演奏会会計は、アルトの辻さんです。例年に比べて、かなり、遅いですが、どんどん、払っていってください。ボーナス出てからじゃないと払えない、というようなお話は、可能な限り、ご相談に乗りたいと思います。
そして、今年は、貰い損ねた助成金10万円の分を、一般団員の皆さんに負担して頂く形になってしまい、それが、事後承諾という形になってしまって、
本当に申し訳ありません。チケットは、たくさんありますので、必要であれば、予め、必要枚数を連絡して頂いた上、取りにきてください。

演奏会までの、大きな仕事は、大分、終了しています。あとは、当日、いかに皆さんに気持ちよく歌ってもらえるか、ですね。
松下先生も、大変、楽しみにしていらっしゃるご様子です。あと一ヶ月弱、そして、当日と、がんばってやりましょう。


第12回定期演奏会
ソリスト、ピアノ伴奏者紹介

Soprano
津幡泰子先生

3年前に本山先生の紹介により、私が京都市交響楽団の定期演奏会「カルミナブラーナ」で合唱団の指揮者伊吹新一先生のアシスタントを務めていたことをご存知の方もあると思います。(一年足らずでしたが貴重な経験でした)。
昨秋、お世話になった伊吹新一先生に久しぶりに挨拶に伺ったおり、そばでボイストレーニングをされていたのが津幡先生で、その声に魅了され、その場で頼んでしまいました。(正式依頼は後日ですが・・・)
私の行動パターンの一例です。
素敵な声です。とっても楽しみですね。

京都市立堀川高校音楽科(現京都市立音楽高校)を経て、京都市立芸術大学音楽学部声楽専修卒業。在学中、定期演奏会に出演。1994年、京都市立芸術大学大学院音楽研究科修了。研究科在学中、大串健吾教授指導の下、日本音響学会聴覚研究会に於いて、論文「歌声における基本周波数と母音明瞭度の関係」を発表。大学院オペラにおいては、フロトウ「マルタ」のレディー・ハリエット、ハイドン「ラ・カンテリーナ」のドン・エットーレ、プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」のチェスカで出演。
又、ハイドン「テレジアミサ」「戦時のミサ」「ハルモニーミサ」、モーツァルト「12番ミサ」、ドヴォルザーク「ミサ曲ニ長調」のソプラノソロなどの他、新進演奏家の夕べ、関西二期会のフレッシュコンサート・ドイツ歌曲の流れなどに出演。
これまでに、声楽を中村スミ子、小林真理、三井ツヤ子の各氏に師事。現在、京都市立音楽高校教諭。関西二期会準会員。

ピアノ伴奏
細見真理子先生

第10回演奏会でお世話になった細見先生ですが、今回の「日本の四季」の伴奏者として最初からイメージしておりました。お忙しいので躊躇していたのですが、梅田の喫茶店「シェルブール」で別件での打ち合わせ中にどさくさに紛れてお願いしたところ、気安く引き受けて頂きました。本当に感謝!です。
私の行動パターンのもう一例です。

兵庫県立神戸高等学校卒業。在学中は合唱部に所属し、ピアノ伴奏を務める。
大阪教育大学ピアノ科修了。主に声楽、合唱音楽等の伴奏者として多数の演奏会に出演するほか、モーツァルト「レクイエム」、ベートーベン「第九」の練習ピアニストを務めるなど、幅広く活躍中。ピアノを宮本弘子、瓜原一薫の各氏に師事。大阪信愛女学院短期大学非常勤講師。


LINER NOTES


■初夏の匂い、音、色、夏は来ぬ。 … 直前は短め、

打ち水が灼熱の中に微かに土の湿っぽい匂いを運びます。

建物の関係でWowWowが入らないのですが、おかげで?サッカー少年である私も夜中に眠たい目をこすりながら起きていることもありません。(もう結果が出ているでしょうが、連夜EURO2000=サッカーの欧州選手権をやっていました。ボーダーレスとは言え、サッカーにはいまだに国民性や個性が出て面白いです。ユーゴスラビアに毎回退場者が出るのが何とも言えない。)

さて、子供の頃から7月は何となくわくわくする…そしてそわそわもする季節でした。
皆さん演奏会の準備はいかがでしょうか。こんな気持ち、あんな気持ち…言葉では言い表せないことがあまりにも多いので音楽が存在するのではないでしょうか。我々は楽器も小道具も何も持たずに素手で舞台に立つ訳です。ぜひ、気持ちとイメージとで体をいっぱいに膨らませて舞台に立ちましょう。

我々はいろんなうたを歌います。
励ましの音楽、癒しの音楽、懐かしい風景、夢に見た情景、ほんのりとした色香や匂い、人間の存在と同じだけ長い時間歴史を覆ってきた「祈り」の気持ち…、葡萄の種のように我々の中に小さく存在する涙のような「悲しみ」…、表情豊かに、そしていろんな気持ちと音色と雰囲気で「いずみホール」を満たしましょう。

七夕の空に向かって今年もお願い。
「素敵な演奏会になりますように」

いとうけいし  

P.S
1) ご存知のように、大阪の合唱祭では「お母さんコーラス審査員」を体験しました。
これが想像を絶する激務!(疲れから?以後片目が二重になったまま戻りません)で、途中から意識が朦朧としてきました(何しろ55団体です)。しかしながらコンクールと違い、課題曲がないのである意味で画一的ではない取り組みを見て勉強になることもたくさんありました。(ソプラノ中山さんも発見!)。
はっきり言えるのは技術的に上手い演奏と上手くない演奏があるのとは別に、良い演奏とそうではない演奏がある…ということです。
技術的にはもう一歩…と思っても、思わず拍手したくなる演奏、応援したくなる合唱団は存在します。
豊かな表情のある演奏、いきいきとした取り組みが感じられる演奏…演奏の中での「きらめき」のようなものがある団はとても素敵だな、と感じました。

「よどこん」も「表情」と「きらめき」のある演奏会を目指しましょうね。
(しかし、だからこそ「技術」も磨こう!と発想しましょうね。)


ぬかやゆきひろの
頭じゃなくてからだで歌う発声法

ぬかやゆきひろの「頭じゃなくて体で歌う発声法」5発目
今回のテーマ:腹式呼吸の位置付けを見なおす(1)

前回は頭声とファルセットに注目しましたが今回は前々回の続き、呼吸法から声の出し方まで一気に書きます。

前々回は腹式呼吸は「吸う」ことよりも、「吐く」ことのほうが重要、と書いていました。たぶん最近の発声法のテキストにもそう書かれているはずです。筆者も最近まではそう考えていました。どの様に息を吐いて、声に直結させるか?あるエライ先生は「声化する息」の使い方を唱えるんだけど、解剖学的な話になるばかりで、実際どうやって吐く息がどう声に結びつくのかさっぱりわからない。

でもいろいろ試したり考えたりした結果、少し軌道修正しなければいけないようです。考え直した結論としては、息を「吸う」ことも「吐く」ことも、声をだすには、とくに歌うためには、ほとんど直接関係無い・・・・ということです。となると、ブレストレーニングはほとんど意味がないことになります。 無意味とは言いませんが直接的な効果は無く、あくまでも補助的な効果しか得られない・・・んんんっっとても独善的な説か?

とにかく「腹式呼吸は重要!!」という割には、呼吸法と声の直接的な関係を説いた書物はあまり見かけません。共鳴や呼吸法を主眼に置くも、これらを直接的に結びつけて説いている論者はほとんど皆無に近い。ならば強引にも、筆者がわかるように単純化してみます。

  1. 音源は声帯にあり 声はどっから出ているか?頭でも胸でも鼻腔でもないし眉間でもない。もちろんお腹でもない。声帯からです。当たり前ですね。でもそれを忘れがちになっていませんか?声帯が伸びたり縮んだりすることで音の高さが決まるわけです。決して胸や頭の響きで音が決まるわけではないのです。また各母音の響きも口形が決めるのではありません(ついでに舌の位置も!)。これらは声帯とそれを取り巻く筋肉群の微妙な変化によってもたらされるものです。

    息を吐く時には声帯はどうなっているかというと、離れているわけです。声帯は2つのヒダのような筋肉(実際はVの字)がくっつきあったりは離れたりすることで振動をつくって音をだす。この2つに筋肉の間は声門と呼ばれています。イメージを単純化して唇を想像してみましょう。昔子供のとき「おなら」のする真似をしたことがあるでしょう。唇をつむって強く息を吐くと、ブブッー!!て音なりますよね。当然口を開ければ音は鳴らない。口を閉めてそこに空気を送り込むことで唇がふるえて上下くっついたりはなれたりしながら音を出している。声帯も良く似た原理で成り立っています。もちろんもっとかなり仕組みは複雑なのですが、いろんな説があり、ここでは説明できません。

  2. だれでも腹筋の力は充分強い(いや強すぎる) 普段呼吸をしている時、声門は開いています。音はなりません。声が出ているときは声門は閉じています。これが当たり前の動きです。にもかかわらず、ブレストレーニングと称して腹筋をきたえて息を強く押し出す練習ばかりしても、声は出るようになりません。声帯は強い息を避けようとしてますます 声門を閉じようとはしません。むしろ強い息のために弱い粘膜を傷めてしまうことさえあります。では、他に声門が閉じる時はどんなときか・・・・・はい、前々回を読んでくれている読者諸君はお気づきかもしれません。それは声が出る直前、つまり息が「止まっている」ときです。

    息止め=発声準備段階と書きました。

    また唇でおならの真似をやってみましょう。音がでる瞬間、息は止まっていますね。声帯も同じです。声門がとじるのは呼気と吸気とが入れ替わる瞬間です。つまり息がとまっている時です。もしブレストレーニングをするとしたら、お腹を動かしたり、長い時間呼気を保つ訓練をするよりも、止める訓練をするほうが直接的な効果があるのではないでしょうか?息の止め方は大きく分けて二種類をこの前あげました。

    (1)力み型・・・・・ピアノを持ち上げて
              「んんんっ」ってやつです。
    (2)凝らし型・・・・針穴に糸を通すとか
               シャッターを切る瞬間。
    

    (1)のまま声をだせば渋くて充満した声になります。胸にしっかり響きます。
    これが胸声です。腹筋が息を押し出す力に対抗して、声帯をとりまく首周辺の筋肉群の力が、声門が閉じるのを助けます。この声はポップスや歌謡曲、中低音を歌うのに適していますが、高い音域になる声が引っくり返ったり、ピッチが定まらなかったりして、動きに柔らかさが欠けてきます。首周辺は常に緊張しています。少なくとも高音でハモるには不向きです。

    さらに言うと、歌っているときアゴの筋肉や首周辺の筋肉が疲れてくる人や舌の位置を意識してしまっている人は、使っている筋力の配分が腹筋に偏っていると思われます。ノドが疲れてきて、腹筋の力が相対的に強くなり、バランスを失うと声門は開こうとして声が出にくくなります。そのまま無理をして出そとすると終いには声を傷めてしまうことになります。心当たりのある人は注意をしましょう。そんな時は遠慮無くファルセットを使いましょう。胸声は無理をしてはいけまん。

  3. 腹筋と横隔膜は闘っている ファルセット、これを素直な母音で心掛けて音量が増幅できるようになれば「頭声」という声になります。あまり使ったことの無い人にとっては始め、弱弱しく感じますが、訓練すると大きな声をだすことは可能になります。頭声習得のヒントは止め方(2)凝らし型にあります。胸声が上で述べたように「腹筋系の声」だとすると、頭声は「横隔膜系の声」とでも言うべきでしょうか。なぜ横隔膜か?

    息を吐くのに司っているのはもちろん腹筋です。胸声では、腹筋に対抗する力として首周辺の筋肉が働き、力のバランスがとれることで息が止まり、声がでました。一方、頭声については、腹筋に対抗するのが横隔膜の力なのです。横隔膜は「息を吸うための筋肉」であり、呼吸という意味では腹筋とは全く正反対の働きをしています。体から抜けていく息を反対のベクトルをもった力でブロックするわけです。(2)のこらえ型を使った声をある研究者は「吸気系の声」と呼んでいます。しかしどうやって横隔膜を調整するか?これは難問です。今回は詳しくは述べませんが、簡単にはできません。基礎能力が身についていないと。次回以降のべますが、このために腹式呼吸トレーニングをあくまで補助的にとりいれることを要します。

  4. 筋肉のバランス感覚を鍛えよう 歌っていると高い音になると裏返りそうになり声を切りかえる。また高い音から降りてきて出にくくなると声を変える。こういうことで声に悩んでいる人はありませんか?心配はいりません当たり前のことです。むしろ声を変えることができるほうが上達の見込みがあるんです。歌っているときは横隔膜と腹筋が常に主導権を奪い合っているわけです。また声帯も筋肉ですから、どちらの声をも自由に使うことで鍛えられる面もあります。裏返りそうになる点を「チェンジ」とか「ブレーク」とか言うのを聞いたことがあるのではないでしょうか?ベルカント唱法の指導法の第一人者であるコーネリウス・L・リード氏は「頭声区と胸声区の融合」こそが歌唱法、発声法習得の本質であると説いています。そのためにはまずブレークの存在を認識する必要があると述べています。さらに二つの声をミックスさせるには「両声区での母音の純化」が唯一の得策であると説いているのですが、いずれにしろ、ブレークを最終的にうまく乗り切るには、筆者流に「からだで歌う・・・」ということを掲げている以上、大切なのは筋肉の調整能力=バランス維持力を鍛えるに尽きると今回は述べておきます。

  5. ブレスコントロールはナンセンス? 息止めや呼吸における筋肉の調整能力をすぐに実感したい人!!イイ方法があります。 今すぐ息を止めてください!?。どんなやりかたでもOK。30秒ほど経ったら苦しくなります。我慢してください!そこからが勝負です。息が漏れ無いように、始めノドのあたりでフタをしていたのが、疲れてだんだん胸のほうに降りてきます。すると、おなかがひっこんだりでてきたり、胸骨のあたりが広がって来たりして、肺のあたりがヒクヒクと踊り出すような感覚と変化が起こります。これが横隔膜の動きです。足りない息を吸おうとして勝手に動き出すのです。

    この体の動き、実は『自律神経のなせる技』です。命を失ってしまわないように『生存のために働く』のです。しゃっくりした時と感覚が似ています。この踊るような動きをどうやって止めるか・・・・? 体のあっちこっちの筋肉をいろいろ意識してみてください。そうすれば息止めのバランスがわかるはずです。上であげた2種類だけではなく、いろんな息の止め方があるのもわかります。 実は声の高さや母音の数だけあるのかもしれません。歌の練習中、指導者が「下腹」とか「背中とか」「お尻をグッと締めて・・・」と意識して『支え』ろと言うのは、実はこのことなんです。それはコントロールというよりもむしろ体の自然な動きを自覚するということでしょう。もちろん感じ方や意識のしかた、体の動きは個人差があります。

    所詮、呼吸は自律神経の働きによるものです。勝手に動いてくれるから我々生きていられるわけです。決してコントロールできるものではありません。ましてブレスコントロールするという概念は救いようの無い間違いかもしれません。 重要なのは無意識なものを理解することと、体が瞬時に「反応」することです。バランスの取り方、呼吸の仕方は人から教えられるものでしょうか?あなたはどうやって二本足でたつようになりました?息をしなきゃ死にます。でも、環境や疾患、心理的影響により、『当たり前の機能が失われている』場合があります。トレーニングはそのための掘り起こし作業なのです。

    次回予告「やっぱり腹式呼吸」です。頭声と胸声の融合を考えながら、もう一度呼吸法の位置付けを見なおします。混乱し無いように。


    ietzscheたいらちゃんの
    <ビデオを観よう!>

    第2回「シェルタリングスカイ」

    ∧ ∧ =・.・= ゛ ゛

     誤解があっては困りますので書かせていただきますと、「Nietzsche」はうちのねこちゃんで、某有名人ではありません。でも、うちのねこちゃんはなんだかいっつも哲学しているようです。何せ、ご飯を目前にしながら30秒も考え込むのですから。名のないねこちゃんにも負けてませんね。片や飼い主たるや! 

     さて、前号よりこのコラムを書かせて頂いておりますが、よどこんのみなさまは世間の方々同様、かなりビデオ通でいらっしゃることを改めて実感いたしました。ま、「映像オンチ」の私が敢えて書くというのも、それなりに意味があるのかもしれないと自分を鼓舞しつつ・・・。

     今回は「男女の愛」について書くぞ!と意気込んでいたのでした。
    しかし。
    この映画は恋愛モノであるという見方が一般的なのでしょうか??

     サハラ砂漠をひたすら旅する男女のカップル一組(付録に男性一人と奇妙な親子一組)。そこにあるものは、結婚10年目の夫婦が持つ倦怠、いつ果てるとも知れない自己の人生に対する焦燥、それと同時に起こってくる不安、苛立ち・・・等々です。これら誰の人生にもあるものが、かなり凝縮されて演出されます。そして砂漠も奥へ進む程に、生活条件も厳しくなり、倦怠も闘争の様相を帯びてきます。女の不安を「理解」しようとしない男。そんな男の「無能」に苛立つ女。それでも愛さえあればなんとかなる!美しい大自然があれば! そうして最終的には、「人生は徒労だ」などと思ってしまうような生活から脱却できればいい。元々そう願って出発した旅だったのです。

     確かに、サハラ砂漠(の映像)は美しい。毎日見ていても飽きないことでしょう。しかし、彼らは実際に生活せねばならなかったのです。何故か?
     それは当然のようなことでありますが、彼らが生きていたいと思ったからであり、他ならぬ彼らが生きることを選択したからです。そうして彼らは、彼らが旅の途中から、否、旅する以前から漠然と恐れていたものが、この「生」の完全に外側にあるもの、すなわち「死」に他ならないことを、次第に理解し始めるのです。つまり「死」こそが、「死」だけが、彼ら二人の世界を侵食する外的要因だったのです。
     完全なシェルターの中のように、完全に自分達の世界を閉じ込めてしまうことができたら!自分達の愛が未来永劫変わることのない絶対的なものであったら!女は、しかし自分だけがそれを恐れていると思いこみ、男のように真正面からそれを見えようとはしない。男は、自らがそんな女をそのまま包み込めるシェルタのような存在でありたいと願い、結局挫折する。真正面から見据えるがゆえ挫折するのです。そう、敢えて「挫折」と書かせていただきましょう。(格言:死を恐れない者に死は訪れる)
    女はしかし、おいて逝かれることの不安を抱えたまま、それを消化することができないのです・・

     さて、テーマは「男女の愛」でした。。。
    「愛」と一口にいいますが、大きく3つに分けることが出来ると思います。

    1. 神の愛=完全に一方通行で見返りを求めない、  絶対的普遍的な愛
    2. 母性的な愛=1よりも若干劣るが、ほぼ見返りを  求めない愛
    3. 男女の愛(+男男の愛/女女の愛)=世俗的な愛

    1は、日本人にはどうも理解しづらいですし、特に映画作品で云々されることもないので理解できなくてもよいと思いますが、要するに、芸術作品の視点は3→2、あるいは3→1にもっていくように作られているのです。最近ではこのような高次への昇華というテーマはあまりというか、全然流行らないようです。ベルトルッチがこの色褪せてしまった近代的テーマに現代的切り口から再び挑もうとしたのか、私に知る由もありません。
     しかし、この映画においてもやはり、ストーリーの神様は存在するのです。

    ラストシーンで、語り部たる老人が再び登場します。この「語り部」こそが、あらゆるストーリーにおける「神」なのです。「語り部」なくしてストーリーはあり得ない。そうして、我らが主人公デブラ・ウィンガーは、最後にそこへ帰ってくる・・・

     うちのねこちゃんがさっきからしきりに「神はしんじゃったよー」といってますが、皆さんは如何ご覧になります?
    あ、「愛」はどこへ行ったんだろ?


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