VOL.46/March,2000

INDEX
  1. 客演指揮者 松下先生を迎えるにあたって

  2. ●特集:Busto、Tormis徹底研究● Taro Tetzmi

  3. Liner Notes by Itoh Keishi
    ■うららかな季節を前に、ふと考え事
  4. ぬかやゆきひろの
    頭じゃなくてからだで歌う発声法
  5. ●Report●
    題名のないカニツアー
  6. ●Report●
    HappyWedding
  7. ●How do you do?●

  8. 鷲崎 春の演奏会情報
    -心の財産を見つけてみよう-
  9. ●ホーリィからのお知らせ●
    合唱連盟便り
  10. ●編集後記●



    よどこんプラザ3月号

    定期演奏会にむかって
    冒頭:客演指揮者 松下先生を迎えるにあたって
    特集:Busto,Tormis徹底研究



     
    客演指揮者 松下先生を迎えるにあたって

    淀川混声合唱団は、創設10年という合唱団としての一つの大きな節目を既に越えています。創設当時の目的、使命、人員は当然のように薄れ、それでも合唱団として飛躍しつづける為には、常に新しいメンバーを引き付ける内的なモチベーションと目標設定というものが必要であると思います。「コンクールで凌ぎを削ること」を主目的としてない以上は、「仲良しグループ的」な雰囲気だけではなく、「合唱音楽の面白さ奥深さ」を常に新鮮なものとして捉える明るい雰囲気が必要なのではないかと考えております。また、逆に10年を越えて合唱団として残っていく以上は、自分達だけではなく、大阪や関西の合唱界との関連や影響、その動きを視野に入れての取り組みも必要であると思います。今を時めく松下耕先生をわざわざお呼びしたのは、そういったことを考慮しての判断です。
    松下先生の人柄や音楽はもちろん。新しい合唱センス、アカデミズム、考え方、等が「よどこん」や関西の合唱界に与える影響は大きいと思います。しかし、それは受け手側の積極的な姿勢や意欲によるものであるということを一人一人自覚しましょう。
    松下先生に一方的に指揮してもらうということではなく「よどこん」の新しい方向性を皆で開拓していく為に松下先生をお招きしたということもご理解下さい。松下先生に全力でぶつかっていきましょう。必ず「よどこん」として新しい力がみなぎってくるはずです。

    いとうけいし。。

    松下 耕先生略歴
    国立音楽大学作曲学科卒業。ハンガリー・コダーイ研究所合唱指揮マスターコース修了。現在、指揮と作曲の両面から多角的な合唱研究を行っている。主な作品に『合唱のためのたのしいエチュード』(音楽之友社刊)『聖母への祈り』(カワイ出版刊)NHK学校音楽コンクール課題曲『タンポポ』『はじめに……』(日本放送出版協会刊)などがある。現在指導している合唱団は8つ。それぞれコンクール、コンサート等で活躍している。国立音楽大学、尚美学園大学、全日本合唱連盟附属合唱センター各講師。日本合唱指揮者協会会員。日本音楽著作権協会会員。ユーゴスラビアの芸術文化雑誌『プラニチェヴォ』名誉編集委員。


            
    ●特集:Busto、Tormis徹底研究●

    【1】Javier Busto作品集
    (1)テッチャンのLatin講座
      〜2000〜
      O magnum mysterium
      O vos omnes
      Ave verum corpus

    O magnum mysterium

    注:便宜上アクセント記号は使用せずアクセント母音に色を付けて表示することとします。

    _                         _
    O magnum              mysterium,
     大きな、偉大な  神秘、秘蹟
                _ _              _
    et    admirabile      sacramentum,
    そして 不思議な、驚くべき 誓約、宣誓
               _                 _                   _
    ut   animalia        viderent    Dominum   natum,
      生きているもの、動物  見た    主     生まれた
                       _
    jacentem      in prae-sepio.
    横たわっている  飼葉桶
    _   _             _
    O beata     Virgo,
      祝福された  処女
     _        _             _          _               _       
    cujus   viscera    meruerunt  portare   Dominum  Jesum Christum.
    その人の 胎、子宮  …に値す   もたらす  主   イエス キリスト
    _    _
    Alleluia.
    アレルヤ
    
         おお、偉大なる秘蹟、
         そして驚くべき誓約、
         それは彼等がお生まれになった主を見たからである、
         飼葉桶に横たわっている主を。
         おお、祝福されし処女よ、
         その人の胎は主イエス・キリストをもたらすのにふさわしかった。
         アレルヤ。                                                                (訳:鐡見 太郎)
    
    O vos omnes
    _  _           _        _   _   _ 
    O vos     omnes,    qui trans-itis  per   viam,
     あなた達  全ての   通過する   …に沿って 道路
                     _      _
    attendite, et videte  si     est   dolor  sicut    dolor  meus.
     注目せよ  見よ  …かどうか ある  苦痛 …のごとく 苦痛  私の
    
         おお、道行く人々よ、
         (私を)注目して見よ、私の苦痛のような苦痛が(この世に)あろうか。       (訳:鐡見 太郎)
    
    Ave verum Corpus
      _  _            _        _         _
    Ave verum Corpus natum   de     Maria Virgine :
      真実の 体  生まれた …から マリア 処女
     _ _             _                       _
    Vere passum , im-molatum   in   cruce   pro      homine :
    真に 苦しむ  犠牲になるために 十字架 …のために 人、人類
     _                    _                 _
    Cujus  latus  per-foratum  fluxit   aqua et sanguine :
    その人の 腹  穴をあける  流れる  水    血
       _      _ _        _  _                     _
    Esto   nobis prae-gustatum    mortis   in examine .
    あり給え 我々 試食するために  死ぬこと  審問、裁判
    _  _ 
    O Jesu  dulcis !
     イエス 愛すべき
    _  _       _
    O Jesu  Pie !
        敬虔に、愛情をもって
    _  _      _ _      _
    O Jesu , fili  Mariae .
         息子  マリアの
    
         めでたし、処女マリアからお生まれになった御体、
         人(類)のために十字架上にて真に苦しみ、犠牲となり、
         その腹を刺し貫かれて水と血とを流し、
         (最後の)審判での死の前に我らの糧となり給え。※
         おお、愛すべきイエスよ!。
         おお、敬愛なるイエスよ!。
         おお、マリアの子イエスよ!。                                               (訳:鐡見 太郎)
    
    ※直訳すれば「審判で死ぬ前に食べられるために我々に在り給え」となるが、上の様な意味で捕えるのが妥当であろう。

    O magnum mysterium は、クリスマス・モテット等によく用いられるテキスト。飼葉桶に寝かされた幼子イエスは新訳聖書・ルカによる福音書に登場し、羊飼達が天使の言葉に導かれてイエスに会いに行きますが、テキストは正にその時の感動を表現しています。3行目の「viderent」は接続法が用いられており、「彼等(羊飼達)はイエスを必ずや見たに違いない」という作詞者の思いが込められています。
    因に3人の博士はルカでは登場せずにマタイによる福音書に登場するのですが、ここでは飼葉桶は登場せず、従ってこのテキストは所謂「羊飼の話」がモチーフとなっていることになります。

    O vos omnes のテキストは、旧約聖書の哀歌第1章12節からの抜粋です。哀歌とはエレミヤ(前626〜前586)が書いたもので、エルサレムとイスラエル人の国の滅亡を嘆く詩歌集。エルサレムが滅ぼされた後の紀元前586年頃に書かれた。

    (2)曲中に登場する発想記号

    quasi parlato【伊:クァージ・パルラート】ほとんど話すように。
    Tempo indivisual【伊:テンポ・インディヴィジュアル】独自のテンポで。
    misterioso【伊:ミステスニオーソ】神秘的な, 不思議な。
    en dehors【仏:アン.ドゥオール】...の外に, 目立って。
    deciso【伊:デチーゾ】決然と, はっきりと。
    perdendosi【伊:ペルデンドーシ】次第に消えゆくように。
    stringendo【伊:ストリンジェンド】次第にテンポを速め, 緊迫感を出しながらせき込んで。[略string.]
    pesante【伊:ペサンテ】重々い, 荘重に。
    intenso【伊:インテンソ】激しい, 強烈な。
    tranquillo【伊:トランクイッロ】静かな, 穏やかな, 安らかな。

    
         largo
     allegro      adagio
    
    
    発想記号早いもの競争 早い順に並べてください
         andante presto allegretto maderato

    答えはこちら!

    (3)Javier Busto氏のプロフィ-ル

    Javier Busto(ハヴィエール・ブスト)
    スペインの作曲家、合唱指揮者。 1949年、オンダリビア(スペイン、バスク地方のHondarribia )生まれ。
    バジャドリッド( Valladolid )大学で医学を学ぶ。音楽については独学。アーウィン・リスト( Erwin List )に合唱指揮を師事。在学中の1978年にエスキファイア合唱団 ( Eskifaia Choir )をオンダリビアで創立、1994年まで同合唱団を指揮し、欧州各地のコンクールで入賞、作曲でも多くの賞を受けた。各地のコンクールの審査員や合唱指揮の講師等も数多く勤めている。

    【2】Helletused(Veljo Tormis)
    (1)曲中に登場する発想記号

    sonore【仏:ソヌール/伊ソノーレ】よく響く, 豊かな音で。
    senza misura【伊:センツァ・ミズーラ】拍子なしに。
    colla parte【伊:コラ・パルテ】伴奏部は主旋律の表現に従って。
    l'istesso tempo【伊:リステッソ.テンポ】(拍子が変わっても)それまでと同じテンポで演奏すること。
    tempo giusto【伊:テンポ.ジュスト】正確なテンポで, 適正なテンポで。
    simile【伊:シーミレ】同様に。[略 sim.]= simili
    tutti coro【伊:トゥッティ・コロ】全合唱で。
    sostenuto【伊:ソステヌート】[略 sost.]音を充分保持して, ゆっくりと。

    (2)Veljo Tormis の紹介
    〜CD ‘Casting a Spell’についている本人の自伝より〜
    (下手な他人の紹介よりも自己紹介の方が良さそうなので…)

    私は1930年8月7日にエストニアの首都Tallinnの近くのKuusaluに生まれました。1951年から1956年にモスクワ芸術学校で作曲を専攻しましたが、それ以前にオルガンや合唱の指揮、作曲をTallinnで学びました。私はTallinn音楽学校で教えたこともありますし、エストニアの作曲家組合で仕事をしたりもしていましたが、1969年よりフリーの作曲家として活動しています。
    私の作品の中で最も重要な位置を占めているのは合唱曲ですが、そのなかでも重要なものはエストニアやその他のフィン族の古い民謡に関わるものです。この分野で一番有名なのは‘The Incantation Curse Upon Iron ( Raua needmine )’やエストニアン・カレンダーソングのシリーズ(Esto kalendrilaulud)や‘忘れ去られた人々( Unustatud rahvad )’等です。全体で私は約60のシリーズ、約40の広範囲の合唱曲、そして約80のアカペラ曲を書いています。他のジャンルでは交響楽のための序曲〓2、オペラ‘Swan's Flight ( Luigelend )’、カンタータバレエ‘Estonian Ballads ( Eesti ballaadid )’等があり、多くの賞賛をいただいています。
    エストニアン・カレンダーソング(1966-67)は私の芸術活動において大きな分岐点であったと考えています。それまでは、偉大なエストニアの作曲家たちの軌跡をたどっていました-例えば、Mart Sarr , Cyrillus Kreek , Edusrd Tubinなどです。以前は私は民謡を語調を発達させるための材料、つまり音楽においての母国語を創造するためのものと考えていました。しかし今はエストニアの古い民謡はメロディーや言葉以外にもある明確な演奏の形式や歌としての社会的機能をそなえている語形融合の現象であると考えています。そしてそれはその国の生活に不可欠なものなのです。とはいっても私の音楽は決して民謡やワールドミュージックの分野にあるものではありません。それはむしろ民謡という材料が本来持っているものを保ちつつ、現代音楽の形や演奏形式といかに歩み寄らせるかという試みなのです。ですから、それはクラシックの合唱音楽なのです。

    1996年1月 Veljo Tormis
    (訳:栗田)

    HELLETUSED
       (楽譜の最後にある作曲者自身の解説)

    エストニア語で〈helletus〉(〈helletused〉は複数形)は牧童のメロディー付きの呼びかけのことで、母音や感嘆詞で歌われた。昔のエストニアの小さな牧場では子供たちが牛の放牧をするのが習慣になっていた。子供たちは近くのもの同士で呼びかけあい、木の多い牧草地での連絡を保っていた。皆それぞれ自分だけのメロディーを持っていて、その時の天気や気分によって様々な形のメロディーを持っていた。
    実際、エストニア最初のプロのコンサート歌手であるAnio Tann(1864-1945)の歌手としての〈経歴〉は家の牧場から始まった。彼女自身の〈helletused〉を使って作曲家のMiina Haermaがコンサート用にSinger's Childhoodという歌を彼女のために書いた。その合唱版がエストニア人のなかで人気を得て以来100年の間、人々にノスタルジックな感情を呼び起こし続けている。
    曲の始めの部分〈alleaの部分〉はこのMinna Haermaの歌がもとになっている。

    Veljo Tormis   
    (訳:栗田)

    (3)エストニアと合唱    参考文献: http://www1.plala.or.jp/Napraforgo/choir/estlaul.htm

    Taro Tetzmi


            
    LINER NOTES
    by Ito Keishi

    ■うららかな季節を前に、ふと考え事

    同志社大学のキャンパス(今出川)内には創設者新島襄の残した寒梅の詩をイメージさせる梅の木が何本かあります。
    うららかな光のもとにみる桜の花もさることながら、2月下旬から3月にかけて、まだ寒さの残る中、百花に先駆けて蕾を膨らませる紅白(チャペルの入口左右)の梅の木を見るたびに何だか励まされる思いもいたします。

    どうでも良いことですが、昨年度の好評を受けて学内では今年も映画上映を行うこととなり、先日来選定のために夜中までビデオで最近の日本映画を見る日々が続いていました(仕事の一環と強調)。そして、強く思ったことは「やっぱり映画を見なきゃいかん」ということです。これは言い変えれば、「やっぱり本を読まなきゃいかん」とか「音楽をきかなきゃ」ということでもあり、仕事や生活に追われる日々の中で感性をいかにしなやかにたもち、実生活に還元しないことをも思考の対象として捉えつづけていることが出来るかということでしょう。
    (ちなみに映画上映の方はソフト路線を匂わせながらシークレットメッセージを発信し続け、だんだん趣味の領域に入っていき、そのうちに「お前の趣味を仕事にするな」ということになって止めさせられる...というシナリオが出来ています。)

    合唱はどうでしょうか? 合唱団の練習についてこんなことを考えています。合唱団の練習は活動として次の2層(極論)に分かれていると言えるかもしれません。

    (1) 根源的な「表現」媒体としての合唱活動。(主に、「芸術」のカテゴリーとしても活動)
    (2) 合唱というジャンル固有の楽しみの模索。(主に、「合唱」というカテゴリーでの活動)

    (1)は主に「どう感じ、どう歌うか」といった「感性」のジャンルに属し、(2)は主に「声や和声」といった「テクニック」や合唱団の「組織社会的論」な側面に該当してると言えるかもしれません。これらのことが混在して練習がなされていることが多く、かといって切り分けて練習するわけにもいかないので、練習の受け手にはそれなりの理解が必要だと思います。
    理想的な極論を言えば(1)をやるために(2)を解決する...ということでしょう。

    正直に言いますと、多くの人同様、私も根が情緒的なものですから本当は「練習」という言葉は嫌いです。効率的、実利的なことも、...理屈は組みたてた上で破壊するのは好きですが、そこで留まるのも嫌いです。
    ちなみにフェティッシュな欲望を満足させるために、対象と戯れることが大好きです。
    (...例によって脱線してますが、例えば、男声合唱曲の「富士山」を指揮した浅井先生が、終曲で「...ゆうばえの富士、ゆうばえの富士」と繰り返すフレーズに(夕映えの)色のイメージを描きたかったためにその曲を取り上げたとか「花火」という曲で「...アイスクリームひえびえと...」という最後のフレーズの季節感をどうしても出したかった...というコメントを見ると、気に入った部分やフレーズに対する偏愛というのは、表現者としては非常に大切な態度だと思うのです。...ついでに言うと私は今「祈りの虹」という曲をすごくやりたいのですが、それは多くの合唱団でなおざりにされる第4楽章の最初の部分「...まだ冷たいしじまのすなに...」の歌詞の「冷たい」ということばを身震いのするように表現した上で、そこに滲むような太陽がゆっくりと昇ってくるっていう感じをだしたい...、とか、そういう欲望を持っています。...以上脱線)

    合唱の練習の場面というものは出来るだけ互いの感受性の発揮出来る場面にしたいものです。そしてその為には、絶えず研ぎ澄ました感受性の鏡が必要です。
    「表現」することに飢え、「表現」するために必要な情感をたっぷり「食べておく」ことが必要だと思うのです。もちろん、「よどこん」で長年歌ってられる方は、「よどこん」という合唱団がそういう音楽を目指している団体であることはご承知だとおもいますし、実力とは別にそういった次元で音楽を表現する雰囲気が育まれていたので、その残り香が昨年のハーモニー誌上での好意的な誉め言葉につながったのだということがお分かりだと思います。

    ところで、人間はいったいどういうところに魅力を感じるのでしょうか?
    項目ごとにポイントをつけて、総合評価の高い人を好きになるのでしょうか?
    「あの人のこんなところがたまらなく好きだ」って思うのではないでしょうか?そこに理屈や項目評価はないでしょう。
    「こころを打つ何か」を模索しないといけません。そのためにも瞳を磨き心をしなやかに広げていく必要があるでしょう。音楽にも「こういうことを表現をしたいんだな」っていうメッセージ性がなくてはいけません。まず、どんな歌なのか、どこらへんが好きか、どんなふうに歌いたいか、指揮者はどんな感じで表現したいと思っているか、合唱団としてどうとりくむか...そんなことを感じ合い響かせ合えるような練習でありたいと思います。

    それをしたいが為に、基本的なこと(音取り)(リズム読み)(歌詞付け)をもっともっと早くこなす必要があると思いますし、表現を具体的に実現するにはどういう手段(ハーモニー)(発音)(発声)があるかということを考える必要があります。合唱団の練習というとらえどころの無い実体が持つ多層的な意味合いをしっかりと分解しながら捉えて頂ければと思います。

    最近の二つの講習会に参加する機会がありました。

    京都のCA(コーラスアカデミー)で松原先生の講習会に潜り込みました。
    印象的なのは合唱における「個人主義」を掲げておられたところで、ともすれば「集団主義=横並び=消極的もしくは根性もの」になって練習をしすぎてしまう日本の学生合唱団の例を挙げ、もっと「自分が自分のために楽しむ」必要があると説いておられました。
    「音取り」や「歌詞付け」は個人的な問題。響きを合わせたりテンポを共有したりするのが練習。一人一人が練習に参加したときの満足度をあげるという単純な発想で合唱団は良くなるはず...という至極明解な解説でした。

    オルバーン先生講習会。
    これは主催者側でしたので、大変苦労しました。
    作曲家の指示を信じるな...という、恐らくそうではないか...と思っていたことを作曲家の立場から堂々と述べてくださったので感動的でした。「楽譜にかけることには限界がある、それぞれが自分の耳と感性を信じ、音楽を作りなさい」ということでもあります。そうです。まさしくそれを実現するために合唱団は存在する訳ですから!。

    上の言葉を胸にがんばっていきましょう!(いきまっしょい、と書きかけた...映画の見過ぎ。「がんばっていきまっしょい」は4月22日同志社大学会館で上映。)

    いとうけいし。

    P.S

    毎晩、眠そうな目をこすりながらも「まだ眠たくない!もっと遊んでる」ときかない4歳の子供をみると、「子猫物語」の「何もかも面白くて仕方ないから・・・」というフレーズを思い出します。
    いつまでたっても眠くならなかったのにいつのまにか眠ってしまった子供時代の夢とも現実ともつかない記憶...。おもちゃをいっぱい握り締めて知らぬ間に眠ってしまっている自分の子供時代か自分の子供か分からない幼い子の閉じた瞳。閉じた瞳の奥には無限の時間と空間が広がっているに違いない。
    という思い。逆に音楽のフレーズからは曖昧で心地よい陶酔感が湧き起こってきます。
    「音楽を表現したい」という意欲はイメージや思いを結びつけ、それを背景に生まれてくるのでしょう。
    作曲家はそれを譜面におこし、我々はそれを表情と体と声とで表現するのです。ステージを楽しみにしましょうね。


     
    頭じゃなくてからだで歌う発声法

    さて今回3発目。やっと本題に入ります。 

     ちょっと今まで展開がまわりくどかったというご批判もありましたのでなるべく結論を先に書くようにしよう。でも多少論理の飛躍もあるので注意して呼んでください・・・いやいやわからんところは読み飛ばしてください。

     今回は腹式呼吸についてなんだけど、とにかく歌の基礎中の基礎と言われながら、これほど、実際は定義が論者によりまちまちなモノは無いでしょうか?呼吸はもちろん生存するためにしてるんです。息をしなきゃ生きて行けない。だから今さら呼吸法とかいっても・・・。いいんじゃないのって言いたいところ。声楽をやるなかでもそんな極論者はおられます。
     それも一理ある。

     結論を先に言うと、人間は2本足で立ちあがった瞬間、もはや腹式呼吸を忘れてしまっている。やはり意識しなければ習得することは無理。トレーニングをして眠った筋肉を掘り起こすことが必要である。もう少し言えば吸うことばかりを意識しがちだけど、むしろいかに息を吐くかのほうが重要ってことです。

    1腹筋が足らないの?

     「腹に力をいれてのどの力を抜け!」とか「アゴの力を抜いて!!」。こんなセリフ何度か聞いたこと在るんじゃないですか?
    一見正しいと思えるんですが、グッと腹に力を込めて実際やってみると、声がなんとまったく出ないではないか。とかいう経験ありませんか?つい、「自分にはセンスないんかなあ・・・」って息消沈してしまう。
     でもご安心下さい。それはアドバイスが適切でないんです。
     腹筋と喉や顎周辺の筋肉は互いに連動しているのです。だからおなかに力を入れたら、よけい声が出ないとか、或いはソプラノ系の人ならカナギリ声がひどくなったとか、中声や低声系の人なら声が演歌歌手みたいに渋くなった・・・と言う人は正しい!
     えーっ、ホントかって?
     例えば、みんなで練習中にピアノ運んだりする場面を浮かべてみよう。そのとき歯を食いしばって「ヨイショ」って声を絞り出しながらグッと力を込めるでしょ。そのとき腹にもノドにもしっかり力が入っているでしょ。それとかテレビでウインブルドン中継を観てたら、テニスプレーヤーがサーブを打つ瞬間、ものすごい声を出すの見たこと在るでしょう。そんな声で歌ってる人が横にいたら辛いでしょ。
     みなさんイイ声やとくに高い音を出すのに「腹筋が足らん」と思いがちですが、腹に込めて気張ったって民謡歌手じゃないんだから、そんなビブラートかトレモロか音が定まらん声を皆が歌ってハモる分けが無い。
     かといって民謡とか詩吟とかポップスでもセオリーとしては腹式呼吸が大事だって謳ってるのは間違い無いんですが・・・・・

    2勘違いの腹式呼吸

     前にも書いたけど、ここなんだなあ混乱しているのは。
     ここで「なるほど西洋も東洋も通じるものがあるんだ!!」とか、「違いは母音の深さや子音の違いなどの口形や発音にあるだけなんだ!!」、なんて言って「わかった」と思っている諸君。それはマズイ・・・・
     いわゆる地声系は腹筋を鍛えれば声も大きくなるし、渋みもどんどん増してくる。でも長く歌うと喉が疲れてくる。合唱では周りの人とピッチが合わない。それなのにもかかわらず、調子のイイ人は自分の声を合唱に向かない「ソロ向きの声」だと自分に良いように勘違いしてしまうのである(筆者も以前は然り)。
     いったい正しい腹式呼吸てどんなことやねん?
     それを言えば「肩が上がるものは・・・・」「おなかが膨らむものは・・・・」って区別されることが多いけど、『吸い方』のことばかり議論してもナンセンスじゃないかなあ。われわれに求められているのは、歌う声、それも合唱をするならば癖の無い、皆とハモレる声を出すことである。そのためにはコンスタントにムラの無い息をいかに効率的に音源である声帯へ供給するか、如何に『吸う』かよりも、如何に『吐くか』ということなのである。「腹式呼吸なんて関係無い」っていう指導者はその意味では正解。
     さらに言えば「吸う」というベクトルの流れを、意識的に瞬間で「吐く」というベクトルに転換していかに歌に使えるようにするかということのほうが重要なのである。

     「吸うより」も意識的に「吐く」ことのほうが大事。反対に何にも意識しない吐き方というのはどんなことを言うかというと、我々の吸った息は肺に入る。当たり前(ちなみにお腹に入るのでも背中に入るのでもない。)だ。肺は膨張する。それにつられて周りの肋骨やこれを取り巻く筋肉群もグイって伸ばされる。でもそのまま放っておけば、それらの筋肉群は、伸ばされたゴムが元に戻ってしまうように縮み込んでしまう。そうしてせっかく肺に採り入れた空気を逃がしてしまうのである。せっかく空気をいれた自転車のタイヤに栓をせずして乗って空気がプッシューって一瞬で抜けてしまうみたいなもんである。 このままの息の流れに従って声を出すと、スカスカのいわゆる「支えの無い声」になるわけだ。そこでどうやって意識的に息が抜けてしまわないようにするかである。つまり肋骨の周りの筋肉群が縮こまっていくのを妨げる筋肉群の動きを意識すればいいのである。それがブレスコントロールであり、結論を先に言えば、「支え」とは異なるベクトルをもつ筋肉が押し合い、或いは引っ張り合いながら、互いに力の均衡がとれている状態のことであり、それはけっして固定的に(例えば下腹とか)場所が定まっているものではないのである。

    3息の止め方

     息をすって吐く瞬間、息が体の中に取り込まれて、声になろうとする瞬間、息というエネルギーを声に転換する瞬間、いわばスタンバイの状態のことなんだけど、その一瞬、息の流れは止まっている分けだ。このように、
          息を「止めた状態」=発声準備段階
    と定義すれば、どんな声が出るかというのは、声を出すまでも無く、吸った息を「どう止めるか」ということにほぼ決定されるわけだ。 止めかたには2種類あると考えればイイ。一つは(1)気張り型、もう一つは(2)凝らし型ってとこでしょう。
     (1)は先ほどあげたピアノとか重いものを持ち上げようとする瞬間の「んんんっ...!」て気張ってる状態のことです。「ヨイショ」の掛け声と同時に持ち上げるんですが、その直前の状態を思い出してください。さてこの「んんんっ」から声に転換して何か歌ってみよう。地声の力み系・・・詩吟とか演歌とかに使えそうな渋みのある声が出ますよ。
     ここまではイメージしやすいかもしれない。さて(2)はどうか。まあ、このイメージがつかめないと声楽や合唱で求められている声のマスターは出来ないといっても過言ではない。「凝らす」というのはどちらかというと「いきを殺す」と言うのに近い。
     どういう場面を思い浮かべたらいいかというと、例えば、写真を撮るのにカメラがブレないように固定しながらシャッターを切る瞬間。そのときの息は止まっているはずですが (1)の止めかたとはまた違うはずです。他に、書道の経験のある人は分かるでしょう。書き始めから硯に墨をつぐまでの間は息をしているでしょうか?おそらく上達者ほどしていないはずです。家で料理をつくるひとは、台所に立ってまな板の上で包丁を使ってるときを思い浮かべてください。固いものを切るような時は(1)のように息を止めて一気に包丁を入れてしまいますが、軟らかいものを切る時はどうでしょう。そーっとゆっくり包丁を入れるでしょう。そのときの息はまた(1)とはちがった止めかたのはずです。そうでないと誤って自分の指まで切ってしまいます。ハリの目に糸をとおすときそーっと息を止めるでしょ。これが(1)みたいな止め方だといつまで経っても裁縫仕事は出来ません。家で赤ん坊が寝ているときは、起こさない様にそーっと動くでしょ。そんなときの息遣いを思い出してみよう。
     こんなふうに考えてみればキリが無いモンなんです。それぐらい歌を歌うためのヒントは日常の中に転がってるんです。

    「フレーズの出だしをもっと大事に!!」とか「Gの音を出すならその音を出すための息の吸い方があるはず」って、我らがマエストロからよく指摘をされます。その意味は声をだす直前のスタンバイ=息止めのことを言っているに相違ありません。

    今回はここまで。
    さて次回は腹式呼吸の第二弾息の「吐き方」と「支え」について。


     
    ●Report●題名のないカニツアー

    ふふふ、私の名はワタール タミオーヴィッチ フルカワスキー。
    よどこんに潜んでいるウイルス、、ではなくてロシア人であります。(けっしてイタリア人に対抗しているわけではありません!) シベリアの抑留生活を終え、疲れを癒すためにシベリア鉄道ならぬJR福知山線を日本海へ向け出発。 もちろん行きの車内では、いきなりワインがあけられ、「ほんま、しゃーないなぁ」てなかんじではじまったのでした、、、、、(爆
     半時過ぎると風景はすでに田舎に変わり、おまけにきれいに雪化粧。「鉄道屋」を思わず連想。しかし車内は相変わらず宴会状態^^;;。私一人その雰囲気に酔いしれておりました、、、、、、(うそおもわず、故郷を思い出したのでしょう、、(タバーリッシ!)(「同志よ!」)意味不明。


     まあ、とにかく無事に浜坂へ到着。さっそくけいしさんゆかりのうどん屋で昼食。お店はちいさいながらも小奇麗で立派。味は最高。店にはお店屋さんの配慮か根回しか?たのしいコーラスが店内をながれ時をゆるやかに過ごさせてくれました。そこから競歩で6時間、、、、じゃなかった千鳥あしで20分。旅館に到着。その後銭湯風の温泉へ出発しました。「混浴かな?ワクワク」という期待はあっさり裏切られ男女別れて入浴。え?なにを期待したかってぇ?!それはヒ・ミ・ツ。(謎


     入浴後なぜか血圧測定会に。さんざんワインを飲んで入浴をした私は心拍数が下がらずみなさんに心配かける始末。しかしなぜか測定不能の人か数人発生、??腕が細すぎたのかしらん?!それとも今宵の蟹晩餐のために絶食を、、、、!?(謎爆。
     というわけでみなさんお待ちかねの蟹の晩餐会へ突入したのでした。メニューはもちろん蟹ずくし! 蟹の刺身、茹蟹、蟹鍋、焼き蟹まで登場。はじまってから30分は誰もほとんどなんもしゃべらずただかに、カニ、蟹!!しかし!、、某水産会社の営業マン、、いわばプロ!である私は

         「ガーン!!!!こっ、このカニは!!!ちがーう!」、、、、、、

     でもみなの満腹幸福の笑顔を爆破するわけにもいかず、、、、「まあおいしかったからいいじゃないか、産地がどこでも!」と自分に言い聞かせて事実を腹にしまってなにも言わなかったのでした。^^;まあこの事態は業界では当然なのですが、、^^;;そのあと男子のタコ部屋に集合し2次会へ。なぜかみなの恋愛話に話が盛り上がっておりました。ほとんど暴露大会だったという話も、、危険!危険!あれ、ちがったっけ?!
     ってなわけで初日は終了。二日目は前浜のお土産屋へ立ち寄った後、きのさきへ。そこでひとっぷろ浴びて昼食。「混浴じゃなかった。え!ひつこいってぇ・・!?」 その後お土産屋さんへよって帰路へ向かったのでした。まあ、全員無事に帰ってきたので、めでたし、めでたし。^^
     おっと次回旅行候補地は韓国焼肉キムチツアーだとか!?またみんなでいきましょうね。 

     お し ま い


     
    ●Report●HappyWedding


    2000年1月29日、至福の一日でした。最後の振袖を着た私は体調不良の中(声がでなかっただけ)、京都に向かいました。
    冬晴れの中、京都東急ホテルにて、よどこんのミレニアムカップル、Y.Nさん・Y.Tさんの結婚式がおこなわれました。団長夫妻を筆頭に、I、Y、T、S、Mの7名はよどこんを代表して(?)披露宴に参加しました。
    白いタキシードに身を包んだ新郎、純白のウエディングドレスの新婦は、目を見張るような美男美女カップルでした。また、お色直しのブルーのドレスにティアラをかぶった新婦もとっても美しかったです。
    まず、ホテル内の教会で式がとりおこなわれ、その後、披露宴が行われました。
    受付でプログラムを渡され、何が始まるのかとわくわくした披露宴は、歌いっぱいの楽しいものでした。また、Oさんのエレクトーンでのバックミュージックも花を添えました。

    1.  新郎のご友人のKさん、Oさん御夫婦の二重唱
      さすが、プロの方の二重唱で、Kさんもかっこよかったし、すばらしい演奏でした。

    2.  Moonlight Kiss・横浜国立大学混声合唱団による合唱
      横浜国立大学混声合唱団は新郎の大学時代の合唱団仲間です。その中の女声6人のアカペラグループがMoonlight Kissです。新郎も参加しての演奏でした。

    3.  新郎の妹さんによるIf We Hold on Together
      お色直しをされた新郎新婦がキャンドルサービスをしている時のバックミュージックでした。

    4.  新郎新婦によるデュエット TONIGHT
      ここまでいろいろな方のすばらしい歌がありましたが、やっぱりこの日の主役であるお二人のデュエットは最高でした。なんといっても朗々と歌う新郎の顔は幸せいっぱい、という感じでした。

    5.  なにわコラリアーズによる“斎太郎節”“君といつまでも”
      君といつまでものセリフの部分はもちろん新郎の出番です。それがまた本当にうれしそう!!

    6.  淀川混声合唱団による“海”“卒業”

    なんとよどこんの演奏はとりでした。(ごめんなさい。私、口パクでした。)20人位、集まりました。
    これで、披露宴はとどこおりなく終わるなあ、と思ったのは甘かった。
    新婦の両親に宛てた手紙に私も涙しそうになりましたが、演奏の後、そのまま前で居残ったよどこんメンバーは、新郎の父(顔も声もしゃべり方もびっくりする位、新郎にそっくり)のすばらしいお言葉、そしてなぜか新郎の歌にまた感動しました。
    後日、その日に撮った写真を現像してみると、披露宴の直前に金屏風の前で両手でピースしいる新郎が写っていました。その写真どおり、披露宴の間中、新婦ももちろんですが、本当にうれしそうな新郎の顔がとても印象的でした。
    新婦がよどこんに入団されたのが昨年の1月、新郎が4月です。お二人が出会われたのは、その年のゴールデンウイークの合宿の後だそうです。まだ1年も経っていないんだなあと思うと、本当に電撃結婚ですよね。(某団長が原爆級だといっていたのも納得です。)
    よどこん団内カップルももう何組目かわかりませんが、次は誰でしょう?



    ●How do you do?●

     早いものでそろそろ桜だよりが聞かれる季節となりました。さて、しばらく休載しておりましたが、再開第1号は多少趣を変えてアンケート形式としてみました。かなり急なお願いにもかかわらず、ご回答を頂きありがとうございました。
    何とかなるだろうと軽い気持ちではじめたものの、なかなか問屋が卸さず。予想を上回る応答(見通しが甘〜い。)もあり、泣いて省略・短縮・編集していることをご了解ください。最初に申し上げた通り、休載中の新メンバーの紹介ができず、誠に申し訳ありません。
     質問項目は次の通りです。
    (1)最寄り駅 
    (2)勤務先・学校など 
    (3)よどこんを知った/入団のきっかけは? 
    (4)よどこんの第一印象 
    (5)好きな曲や音楽 
    (6)趣味またはよどこんの無い休日の過ごし方 
    (7)ひとこと・PR 
    ◆は団員からのひとことです。

    ※本コーナーはプライバシー保護のため、ONLINE版には若干の制限を加えています。


      
    ●鷲崎春の演奏会情報●
    -心の財産をみつけよう-

     高校に入学後まもなくはじめて会話した同級生は、人類は皆兄弟という言葉が人間の姿を借りてこの世に現れたかと思える位フレンドリーなコーラス部員でした!こんなに面白い人物がいるクラブなら楽しいだろうなと思ったのが私が合唱を始めた動機のひとつでした。彼は私の20歳の誕生祝いにシェーキーズのバースデーカードを送って下さいました。だから私の20歳はあんな素晴らしい出来事があったのかな。もう10年以上も会ってないけれど元気にしてるかな。善隣館から徒歩5分以内の所に住んでいるんだけど・・・また会えたら嬉しいな。
     よどこんの皆様が合唱を始めたきっかけは何でしょう?

    MARCH・3月
    25・土  台湾大震災復興チャリティコンサート    京都コンサートホール大ホール
    27・月  東京混声合唱団              東京文化会館小ホール
    APRIL・4月

     1・土

     混声合唱団AYUMI           森の宮ピロティホール
     8・土  2000年ミレニアム・メサイア演奏会   びわ湖ホール
     9・日  大阪ハインリッヒ・シュッツ合唱団     神戸本町聖ミカエル教会
    13・木  女声合唱団アヴィス・リベラ     

    ・・・松下耕先生が指揮されます

     東京・カザルスホール
    15・土  女声合唱団クローバーエコー        西宮アミティホール
    MAY・5月
     5・金  なにわコラリアーズ            豊中アクア文化ホール
     6・土  吹田市民合唱団              いずみホール
     6・土  大阪ハインリッヒ・シュッツ合唱団     京都府立府民ホールアルティ
    13・土  K.Mさん&H.Yくんご結婚式  
    13・土  DonKusak合唱団          ?東京都杉並区内
    13・土  2000年ミレニアム・メサイア演奏会   ひこね市文化プラザエコーホール
    13・土  ウィーン少年合唱団            ザ・シンフォニーホール
    14・日  ウィーン少年合唱団            ザ・シンフォニーホール
    23・火  大阪アカデミー合唱団
      &すみよし少年少女合唱団     

    オルフ「カルミナ・ブラーナ」

     ザ・シンフォニーホール
    28・日  女声合唱団かがやき            いずみホール


     

    ●ホーリィからのお知らせ●
    合唱連盟便り

    今回は(って毎回載せるのか?)コーラスワークショップのお知らせです。

    *コーラスワークショップとは?
      合唱を楽しむためのいろいろな講義や実技実習を行う連盟主催の合宿。

    *メニュー
      発声教室・いろいろな楽器との合奏・合唱を創ってみる(実習)など。
    で、今回は…

    第11回コーラスワークショップ inにいがた
    〜コーラスの可能性を求めて〜

    と き 平成12年5月3日(水・祝)〜5日(金・祝)
    ところ 新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)
       新潟市一番堀通町3-2(白山公園内) Tel025-224-5616
       新潟駅からバスで白山公園前下車徒歩2分、新潟駅からタクシーで10分
    受講料 各日3000円 3日間8000円
    交流会参加費 4000円 (旅費・宿泊費別)
    締 切 3月31日まで
    <講座例>
    オルガンと合唱(皆川達夫) 実習曲Gabriel Faure「小ミサ曲」ほか
    混声合唱(鈴木捺香子) 実習曲混声合唱のための「夜空ノムコウ」ほか
    オーケストラと合唱(辻正行) W.A.Mozart「戴冠式ミサ」
      佐藤眞「大地賛頌」
      G.F.Handel「ハレルヤコーラス」
    …などなど


    ●編集後記●

    ウ〜ン・・・、まだ編集後記なんて書く気分じゃありません。 まだ編集中です。 約束した3月26日に発行できるのだろうか??? 非常に不安・・・。
     ともあれ、皆様御協力有難うございました。 今後とも宜しくお願い致します。

    ki-home.gif     
    よどこんプラザindexへ


     

    (発想記号早いもの競争-答え-)


    presto【伊:プレスト】急速なテンポ(の楽章) で。
    allegro【伊:アレグロ】アレグロ。陽気な, 快活な, 楽しい, 明るい, (色彩が)鮮やな。
    allegretto【伊:アレグレット】AllegroとAndante の中間の速度。やや快速に。
    moderato【伊:モデラート】中庸の速度で。
    andante【伊:アンダンテ】Allegretto と Adagio の中間テンポ。(歩く andare が語源)
    adagio【伊:アダージョ】ゆるやかに。LargoとAndanteの間。
    largo【伊:ラルゴ】幅広くゆっくりと。

    特集:Busto,Tormis徹底研究へ戻る