YodokonPlazaOnline
Home > YodokonPlazaOnline > Vol.22

VOL.22/November,1995

INDEX
  1. よどこんが輩出?! 期待の新人テノール小貫岩夫さんに迫る
     小貫岩夫君の将来に期待して  Ten. 森 知史
     おっかけファンの超ミーハー(!?)鑑賞記  Alt. 山崎智美
     オペラ『魔笛』を聴いて  Alt. 河渕清子
     私のコトは天高く棚にあげて...  寄稿●太田裕子(関西歌劇団)
  2. ●PLAZA JACK●
    小貫クンに続くか…若き才能ここにも
  3. 第7回演奏会を終えて
    〜よどこんアンケート集計〜 Sop.大村 美穂
  4. ●REPORT●
    よどこん総会'95議録 Bas.林 和之
  5. ●今月のひと●それじゃあ、マァ おじゃマしまーす
    第5回は助教授宅。北摂豊能町 坂口邸の巻
  6. Mr.BlueIsland Says...That is MANNERS!
    最終回■合唱団の社会的な責任について
  7. ●NEWS●
    関西合唱コンクール全国大会へ5団体
  8. Liner Notes by Itoh Keishi
    第17回■指揮者・伊東恵司に迫る【後編】
  9. ●ESSAY●
    弓庭育子の遥かなるタイランド
  10. ●レク委から●
    クリスマスパーティ'95

  11. ●遠藤久顕の演奏会情報●
    11月〜'96年1月

  12. ●WITTY BREAK●遠藤久顕の位相幾何学概論
    第12回■複合ワードパズル
  13. ●木寺洋介のHow do you do?●
    10〜11月の入団者
  14. ●編集後記●

IMAGE ARCHIVES
  1. 美しきパミーナ姫救出の命を受け、夜の女王に授けられた…
    「これぞ、魔法のフルート」…ドイツ語もキマってる。
    正義漢のタミーノ(小貫岩夫)
    (JPEG,18KB)

  2. 「こりゃ美味だ。オイラにゃ試練なんかよりも、
    こっちのほうがずっといいぞ」…日本語のギャグも連発。
    ひょうきん者のパパゲーノ(ヴィーラント・ミュラー)
    (JPEG,24KB)

  3. 弁者(テオ・アダム)の声に耳を澄ますタミーノ(小貫岩夫)
    アダム氏は今年で舞台生活45年の超ベテランである。
    (JPEG,22KB)

  4. 同上。サービスカット(JPEG,20KB)

  5. 「まぁ、いい男…。あなたたち、女王様に報告に行きなさい。
    わたしが彼の傍に付いていますわ」…口々に言い合う三人の待女たち。
    (左から津山和代、上山敦子、宮崎敦子)
    (JPEG,30KB)

  6. 同上。サービスカット(JPEG,27KB)
敬称略。写真提供●堺シティオペラ

よどこんが輩出?!
期待の新人テノール
小貫岩夫さんに迫る


小貫クンに続くか…若き才能ここにも

 門真市の「ルミエールホール」で二十七日、開かれた第49回全日本学生音楽コンクール(毎日新聞社主催)大阪大会本選声楽部門高校の部で、豊中市上野東、府立北野高二年、岡田早代子さん(17)が一位に決まった。岡田さんは来月二十三日、名古屋市中区の「ザ・コンサートホール」で開く全国大会に出場する。
 岡田さんは、課題曲のチェスティ「私の偶像である人の回りに」と自由曲、アリア「ママも知るとおり」(マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」から)を歌唱。会場入りの前、指導を受けている先生を大阪市内に訪問。「自分の力を出し切ってきなさい」とアドバイスされたといい、本番では「自分でも百点に近い点数をあげたい」出来だった。「中学時代からの先生方や仲間に恵まれたおかげ。きょうは皆に電話で報告しなきゃ…」。全国大会の抱負は「大阪本選の一位として恥ずかしくないよう頑張りたい」。
(毎日新聞10月28日紙面より転載)

※職権濫用かも知れませんが…身近な人だけに、つい掲載してしまいました。一緒に祝ってやってください。ちなみに“サンチャン”は豊中混声の団員です。(編T)


第7回演奏会を終えて〜よどこんアンケート集計〜

 そろそろ暖かいセーターが恋しい頃になりました。あの暑かった演奏会の日からもう早4ケ月…。残念ながらよどこん全体の数から考えると、ごく少数の方々からしかアンケートに回答していただけてないのですが(11月6日現在)、せっかくいただいた貴重なご意見ですし、皆さんにもご一緒に考えていただくきっかけにもなると思いますので、ご紹介させていただきます。以下のようなご意見をいただきましたので、各項目ごとにまとめてみました。(Sop.大村 美穂)

◆今回のステージ構成についてどう思われましたか?

◆演出についてはどう思われましたか? ◆個人負担金についてどう思われましたか? ◆練習量、練習内容についてどう思われましたか? ◆土曜日の開催、開演時間について、またロビーコールについてなど、どう思われますか? ◆招待者の内訳 ◆その他  以上、皆さんのご意見をランダムにご紹介しました。そうそう、自分もこう思うわ、とか、この人私と全く逆の考え方してはるわ、とかいろいろな感想を持たれたかと思います。  まだお答えになっていない方も、遅くはありません。これらの意見に触発されて考えた事をよどこんアンケートにお書きになって向井氏までお渡しください。皆で話し合う機会が少ないだけに、こういう形ででも思ったことを公の場に出すのもよいかと思います。どうぞ上記のいろいろな意見を参考にされて、ご自分の感想などを発表してください。よろしくお願い致します。次の暑い夏、第8回演奏会に向けての動きは新曲の音取りだけでなく、こういった意見交換から始まっているのではないでしょうか?

●REPORT●よどこん総会'95議録

 去る9月17日(日)合宿の2日目に総会を開催しました。ご欠席の方も多くおられましたので、紙上を借り総会の議決報告をさせていただきます。(Bas.林 和之)

 当日の議題は以下の通りでした。

1.平成6年度(平成6年4月〜平成7年3月)決算報告
2.平成7年度(平成7年4月〜平成8年3月)予算案
3.団費値上げ案について
 (1)団費値上げ額について
 (2)値上げ実施時期について

  1. 平成6年度(平成6年4月〜平成7年3月)決算報告について
     本来ならば、決算時期が終了次第、前年度決算、本年度予算をご報告・ご確認しなければならないところ、大変遅くなってしまい申し訳ありませんでしたが、ご報告の通りご承認いただきました。
     平成6年度は、当初見込んでいたよりも団員数が確保できなかったことで収入が予算より減少したことに加え、少しでも音楽レベルをアップさせることを目的とした特練の回数を増加等による会場費が嵩んだこと、第6回演奏会への助成金を支出したことなどにより、大きな赤字会計となってしまいました。

  2. 平成7年度(平成7年4月〜平成8年3月)予算案について
     本件も、決算報告と同じく時期が遅れてしまって申し訳ありませんが、提出案通りご承認いただきました。  費目別にみると、さらなる音楽レベルをアップを目指して多めの会場費を設定していること、長年、据え置かさせていただいていた長田先生へのピアニスト謝礼金を世間相場に少しでも近づけるべく倍増したことが、大きな変更点です。
     予算費目によっては、不足気味の場合もあるようですが、必要な支出に対しては柔軟に対応していきたいと考えています。ただ、赤字気味の会計ですので真に必要だと判断されるものに限定させていただきます。

  3. 団費値上げ案について
    (1)団費値上げ額について
     決算報告、予算案の数字を表面的に捉えてしまうと、よどこんの会計は苦しいながらも何とか回っている様にも見えますが、実際のところは、非常に厳しいものがあります。これは、大きくは手持ちの剰余金がほとんどないことに起因しています。例えば、会場費が日々現金で必要なのに対して、皆さんから入ってくるべき団費が滞ることもしばしばですし、来年度の演奏会場を予約するのにも約一年前に20万円程度の会場費を先払いしなくてはなりません。これは、楽譜代にしても同様です。現状は、これを何人かの方の個人のお金(総額40万円余)を立て替えていただくことによって凌いでいる状況です。
     ある意味で非常識な現状の会計状況を抜本的に改善するためには、月々の団費の値上げをお願いせざるをえない状況であることは、ご理解いただけると思います。
     よどこんの団費は、ここ数年来1,200円/月を据え置いたままでしたが、これを今回、一般2,000円/月とし、負担を軽減することを目的として学生:1,500円/月、団員を増やす目的として夫婦:3,500円/月を新設することをご提案し、ご承認をいただきました。

    (2)値上げ実施時期について
     前項の団費の値上げにより単年度の収支としては黒字が見込める収入を確保することができるようになりましたが、平成7年10月からの値上げでは、現在、40万円を超える金額を個人に立て替えていただいている状況を可及的速やかに解消するにはいたりません。そこで、値上げ時期を年度初め(平成7年4月)からに遡り、この期間の在籍団員にこの差額(一般に月800円)を遡及徴収させていただくことをご了解いただきました。
     また、これは総会での議決事項ではありませんが、来年の演奏会場費用を先払いするために、再び個人の立て替え金に少しでも頼らないために、来年の演奏会分担金の前払い(預かり金)を少額でも預からせていただきますようお願いします。
     会計状況の、危機的状況は昨日今日始まったことではなく、団費の値上げももっと早くご提案し、実施するべきものであったはずですが、運営委員会の不手際で今回の様な無理なお願いをすることになったことを深くお詫びいたします。今後は、健全な会計をめざしますので皆さんのご協力をよろしくお願いいたします。


●今月のひと●それじゃあ、マァ おじゃマしまーす

第5回は助教授宅。北摂豊能町 坂口邸の巻

そのとき、僕は電話で山崎さんと話していました。すると先方にキャッチが入り待つこと暫し、帰ってくるなりポーっとした声で、「坂口さんからやわ…。」と言います。詳しく聞くと、なんと坂口和彦さんからだったのです。舞い上がってるのも納得。内容は「和彦さんの家でバーベキューするからおいで…」というお誘いだったのでした。キャッチのおかげか、僕もお招きいただいたので、喜んでお伺いすることにしました。
というわけで、和彦さん、敏子さん、おじゃマしま〜す!!

9月15日、車で山崎さんを途中でピックアップして和彦さんのおうちに向かいます。道は知らなかったのですが、山崎さんがとっても判りやすい手書きの地図を持ってます。なんとわざわざFAXしていただいたとのこと。その地図はほんとに、誰でも判るような見やすいものだったので(後ほど聞けば実際に走って目印などを調べたとか…完璧です)安心してナビしてもらいました。ところが途中、左に曲がるところを右に行ってもう少しで山の中で迷子になるところでした。すぐ気付いたからよかったですが。その後はスムースに到着。まずは車を近くに置きにいきます。するとそこには見覚えのある車が…。期待と不安を胸に、おじゃまします。居間に入ると、あ、こんにちは、お世話になってます、ってピアノの長田先生が来ておられました。僕らのすぐあとに団長もご到着。しばらくお茶をいただきながらおしゃべりして、一通りお宅を拝見したあと、ほなそろそろ、というかんじでバーベキューを始めました。

和彦さんと敏子さんのお宅、いい感じです。まず建物自体、道路からちょっと後ろに下がってまして、ちょっと高くなってます。道路と建物の間のスペースのうち、右側は駐車場、左側は居間から直接出られるデッキになってます。段を上がって左にデッキを、右下に駐車場(は道路と同じ高さ)を見ながら玄関に入りますと、まず玄関ホールが吹き抜けになってます。この吹き抜け(和彦さんのこだわりだったとか)から始まって、随所にこだわりがありました。いわく、和室の障子の枚数、廊下天井の段差隠し、収納スペース、階段の段数、ドアの位置などなど、まだもうちょっとあったような…、詳しくは和彦さんか敏子さんにどうぞ。畳を巡っての業者との攻防の話は傑作でした。そういうこだわりも含めて、家自体(雰囲気とか)おしゃれで過ごしやすいところでした。

ところでバーベキューですが前述のデッキで、夕方に向井さん、とっぷりと日が暮れてから谷さんを迎え、延々と20時半ぐらいまでやってました。これほどのんびりバーベキューしたのは初めてです。終わってから和彦さんにコーヒーを入れていただきましたが、フィルターを使いきってたので、なんとペーパータオルを使いました。若干不安ながらも飲むとおいしい。コーヒー豆や煎れ方にもこだわりがあるんでしょうね(「ペーパータオル2枚でいけるわ」って言うてはったな)。

その後はひたすら話をしてました。ためになる話、興味深い話、真面目な話、そしてもちろん楽しい話と、話は尽きません。みんなで頷き、みんなで考え、みんなで笑い、とっても充実した、密度の濃い楽しい楽しい時間を過ごすことができました。ふと気がつけば時計は2時半、しきりに宿泊をすすめる和彦さんの言葉に後ろ髪を引かれながらお暇しました。満天に星がひろがる、少し肌寒い、秋の始まりを予感させる夜のことでした。

和彦さんと敏子さんって素敵やな、と改めて思いました。たとえば家に対するお二人のこだわりは、実は人生に対するこだわり、人生に真剣に取り組もうとする姿勢のほんの一部なのでしょう。すごく輝いてるな、と感じました。和彦さん敏子さん、ありがとうございました。


Mr.BlueIsland Says...That is MANNERS!

最終回■合唱団の社会的な責任について

公衆道徳を守っていただきたい
 合唱団は団体活動である。したがって、世の中に対する影響力は大きい。ただでさえ全員同じ服をまとって一糸乱れず歌うことを、嫌う人は多い。であるから、なるべくその存在はひそやかなのが望ましい。公共の施設を借りたときはていねいに使い、部屋の外では騒がないようにしたい。また、練習の後などで飲酒をするときも。あまり騒いで他人の迷惑にならぬように心がけたい。コンクールともなると、その会場近くのホテルが一年も前から(つまり、まだ始まってもいないうちから)満室になるのも困りものだし、全員白マスクをかけた女学生の一群が突然地下鉄に乗って来たら、あなたはどう感じるだろうか。ご愛敬とも言えるが、賞をとったあと、その賞状やトロフィーをかかげたまま、新幹線に乗りこんだ合唱団と会ったこともある。えてして、他人はこうした団体行動をうさんくさく思うもの。当方から話しかけたりして誤解を解こうではないか。

本来の勤めを侵食しないでほしい
 合唱活動に夢中になると、会社の仕事や学校の勉強を忘れてしまう人がいる。何の趣味でもこうじるとそうなりがちだが、団体で活動しているものは、より自由が効きにくい。自分が希望して(希望しなくても)勤めている以上、その人は仕事をする義務があるわけだし、義務教育はもちろんのこと、大学は、はじめは自分で勉強したくて入学したはずだ。その本分を忘れてはいけない。社会人の場合は、つねに合唱団の動きに対応するために、アルバイトで通す人も出て来ているが、それは社会的に何かと不利ではないか。また、筆者がこの春まで勤めた、有名な合唱団を有する大学では、自ら選修した音楽の授業すら、合唱団の活動にいれこみすぎたのか、あるいは当人が不器用なのか、単位がとれないで終わる学生が後をたたない。悲しいことに、現在のところ、卒業したあとで、合唱団はなにもしてくれない。もちろん友情とか地域との結びつきとか、無形でのつながりは何にも替えがたいものなのだとしても。

音楽的な向上に励んでいただきたい
 合唱は音楽の位置一演奏形態であり、団員は全員、音楽家なのである。少なくとも一般の人よりは、音楽の知識・実力ともに勝っていてほしい。ただ耳からきいて歌っているだけで、いつまでたっても楽譜を読めない人もいるし、その作品がいつごろ書かれ、作曲家はどこの国の人で、音楽史上どういう位置にいる人なのかも、知ろうとしない人も多い。 簡単な曲の構造ぐらいは説明できるようになっていてほしい。以上は知識上の向上だが、技術にしても、入団したときと全く同じ声しか出なかったり、一人で歌えないのは情けない。このことは、ピアノのけいこを考えればよくわかる。初心者のうちは片手で弾いていたものが、いずれは両手で曲らしいものを弾けるようになるものだ。そして、技術上でも向上したら、それを団内だけでなく、地域のためにも使って、音楽的な中心となってほしい。

指揮者や団員同士の愛は慎重でありたい
 学校などでは、まず団員同士の恋愛が起こりやすい。恋愛を否定はしないが、学校というものは、クラブ内での男女の結びつきを必要以上に、警戒するので注意すること。また、一般の団では、結婚にまで結びつく例が多いが、その場合、周囲の誰をも納得させるだけの含容力がなければならない。こういった意味で、コーロ・カロスの井桁夫妻は稀有な存在である。もっとも彼らは結婚後入団したのだが。次に、指揮者を愛することは演奏者として当然のことだが、決して恋愛関係におちいってはならない。女声合唱団の場合、たしかにこの傾向は、精神的に留まっているにせよ、よく見られ、団員内での不和の原因となっている。プロフェッショナルなオーケストラや合唱団は、必ず指揮者やソリストとは距離をおくし、国内での結婚も、むしろ公表しない傾向がある。演奏の場に、私的な関係を持ちこむのを嫌うのだ。この「場」は、演奏後の団員行動も含まれる。もっともプロは、いちいち「打ち上げ」などはしないのだが。

簡単にうちょうてんになるのは待ってほしい
 最近、外国で演奏する団体がふえている。中には力があり、招待をうけて歌いに行く団すらある。国外にもその芸術性が認められるのはすばらしいが、間違ってはいけないのは、それはプロと同じレヴェルではない、ということだ。音楽家の究極のありかたは、相手が旅費から何からすべて出してくれた仕事に乗ることなのだから。呼んであげるが、旅費は自分たちでとか、人数制限があるとかいうのは、それほど期待していないと言ってもいいのだ。願わくば、そのようにお膳立てされた「仕事」ができる合唱団が生まれてほしいが、すると団員は、会社や学校に通うことは不可能になるだろう。つまりプロになってしまうので、すると、全日本合唱連盟の主旨からは、はずれるだろう。

宗教団体に傾かないでほしい
 団体行動は宗教に似ている。しかし、ある人間(指揮者・作曲家)を中心に、その言うがままに行動し、心の動きまでを重ね合せる例は、合唱(とスポーツ)以外は存在しない。合唱をしているあなたよ、ときには自分をかえりみてほしい。だれよりも愛するのは自分自身であることも、ときには大切なことなのだ。(終)

※季刊『ハーモニー』(全日本合唱連盟発行)
「ブルーアイランド氏の閻魔帳」より転載


●NEWS●

関西合唱コンクール全国大会へ5団体

第50回関西合唱コンクール(全日本合唱連盟関西支部、朝日新聞社主催)の一般の部が15日、大阪府池田市の市民文化会館アゼリアホールで開かれた。Aグループ(32人以下)に28団体、Bグループ(33人以上)に8団体が出場し歌声を競った。審査の結果、Aグループの伊丹混声合唱団(兵庫)、Bグループの豊中混声合唱団(大阪)、京都アカデミー合唱団(京都)=いずれも金賞受賞=と、前日のおかあさんコーラスの部に出場し金賞を受賞した女声合唱 栗東カレンヂュラが、昨年の全国大会金賞受賞の合唱団京都エコーとともに、11月17日から香川県県民ホールで開かれる全日本合唱コンクール全国大会に出場する。
 そのほかの入賞は次の通り。
【Aグループ】金賞=秀明コーラスグループ(滋賀)、コール・セコインデ(兵庫)●銀賞=ヤング・リーヴズ(兵庫)、創価学会関西男声合唱団(大阪)、メンズ・ウィード(同)●銅賞=なにわコラリアーズ(大阪)、合唱団“つれもていこら”(和歌山)、合唱団セイティブ(兵庫)、大阪混声合唱団(大阪)
【Bグループ】銀賞=エコーフローラ(奈良)、混声合唱団はもーるKOBE(兵庫)●銅賞=赤穂市民合唱団(兵庫)

※早起きは必ずしも三文の得にはならないようです…。今年は残念でしたが、まぁ、次回に向けて頑張りましょう。なお、本記事は朝日新聞(10月16日)紙面より転載しました。 (編)


Liner Notes by Itoh Keishi

第17回■指揮者・伊東恵司に迫る【後編】

(まず、今年のコンク−ルに関して…)
結果としては残念であったけれども、これから常に賞に絡んでいくためには、底上げが必要やなあと思います。たとえば発声やとか練習量、あるいは曲を歌うための基礎的な部分、そういう基礎からの底上げが必要やと思います。
でも、今回Bグループに出てたところって少なかったけど、よどこんにとったらBグループに出られるだけでも一つの成長やと思う。それだけの人数で合唱団をやっていけるということが。Bグループに出ていけるというのはありがたいことやなぁと思った。それで今回、またもう一回挑戦してみたいなぁという気にさせられた。もちろん、そこで入賞するのは非常に困難やろうけれども…。

(コンクールに出場するのは?)
よどこんがコンクールに出るのは二つあって、コンクールを一つの発表の場と考えるスタンスが一つ。もう一つはその中で基礎的な力をアップしていこうという一つのチャレンジの場であるというスタンス。普通、コンクールは音楽界に於いては登竜門やと思う。むしろプロの音楽家はその登竜門をくぐり抜けて活躍する。ところが、プロの存在しない合唱界ではそのコンクールが、ともすれば最高の位置付けに捉えられることもある。それが全てという考えに対しては僕は疑問を持ちます。
僕はやっぱり演奏会のほうが面白いと思ってる。音楽を幾つかのものさしで測ることはできないし、それを意識して演奏するのもやはり面白くない。音楽は生き物やし、テンポが走っても、気持ちがこもってて表現しようとする意欲に溢れててそれに圧倒されるっていう、そういうプラスαのエネルギーがある。演奏会っていうものには。
それに、音楽っていうのは一つのコミュニケーションやと思う。音楽の作り手と受け手の間に何かが通じ合うということが一番大切やと。その何かっていうのは、音程が低いとかテンポが一定やとか乱れがないということだけで捉えられるものではない。むしろ表現したいという気持ちとか、溢れてくるものであると思う。たとえば僕はコンクールを一日中聞いて、すごい疲れたことがあった。でもある時、ギリシャの場末のバーで歌ってた歌手の歌を聞いたときに、言葉は分からんでもすごく感動したことがある。結局、音楽っていうのはどういう場に於いても、一つのコミュニケーションなんやなと思った。スポーツじゃなくって…。これだけは忘れずにいたい。

(それでは、そろそろ前回の続きを…)
第3回演奏会が終わった後やな。そのとき、よどこんがつぶれかけた…時やな。あの時は今とはちょっと雰囲気が違って人数が少なくて、全員で30人もおらへんかったし、一回の練習に10人も集まらへんことが続いてた…。それで練習すること自体に苦労した。それである時、森さんに呼ばれて「次の演奏会をもってよどこんを終わりにしようか」という話があった。よどこんはもう(練習するのも)しんどいからやめにしてもええよ、と寿司を食べながら話をした。僕が首を縦に振ってたらよどこんは無くなってたかもしれん。でも結局、つぶすんやったらいつでもつぶせるし、好きな人らが5、6人集まってカルテットやるんやったらいつでも出来ると思って「もう一頑張りしてみます…ちょっと待って下さい」と言った。それで自ら、“岬の墓”のアルトのパー練やったりもした。冨士原さんにはだいぶ協力してもらったなあ…。
でも、第4回の演奏会、初めて自分で全部振った演奏会やってんけど、けっこう評判が良かった。イタリア民謡のステージで小貫使って遊んだりして…“フニクリフニクラ”でソロしてもらったりしたんやな、一音プラスして。あれは面白かった。あと、アンコールで“浜辺の歌”をやったんやけど、一生懸命やったという想いを噛みしめながら振ったなあ。
演奏会やり終わったらすごい気持ちよかった。それでもうちょっと頑張ろうという気になった。でも、お客は全然入ってなかった。500人のホール(箕面メイプルホール)に200人位しか入ってへんかった。それで、その次から一年間隔で演奏会をやろうと。一つの戦略としてよどこんの演奏会はこの時期にあるよ、というのをアピールしようと思って。

(第5回演奏会に向けて、合唱団を発展させようといろんな策を練ったんですね?)
そう。第4回終わっていよいよヤル気になって。それでまず最初に福永陽一郎のお墓参りを森さんと一緒にしてお墓の前でがんばるぞと誓った。それから福永陽一郎の家に行って楽譜を漁ってきた。 そのあと、重要なことが三つあって。一つはその演奏会終わってから、タイミングよく僕にとって強力な応援団が入ってきた。ある日突然、山崎さんという若い女性から家に電話があってドキドキしたり(笑)。それから同期だった矢野、藤塚。それに山本テツを、かっちゃん(現在の山本夫人)がいるよって焚き付けて来させたんもこの頃やな。

(山崎さんは恵司さんの指揮で歌いたいから入った…?)
そう。福田も僕を慕って入ってきたな。あの頃は素直やった(笑)。もう一つは、せっかく来たメンバーを合唱以外のところでも仲良く付き合おうとレクリエーションを始めた。それもこの時期からやな。この時期はほんまに人集めるために、毎回練習の前に僕はいろんな人に電話してた。

(忙しくてデートどころではなかったんですね)
それどころとちがって、団内を盛り上げるために必死に走り回ってた。あげくに自ら第1回のクリスマスパーティーを主催したんや。それぐらい必死やった。愛唱曲集を作ったり、練習計画表の葉書を送るようになったんもこの辺りからかな。ちゃんと練習に来てもらえるように。あと、コミュニケーションを図ろうということで、今まで練習計画表しか出してなかったのを、谷君に頼んで『よどこんPLAZA』という団内誌にしてもらった。
これが三本柱みたいなもんで、そうして態勢を整えていって…僕はマネージ的に一番信頼できる矢野君と一緒に演奏会のマネージをした。一つの大きな目標はメイプルを満員にすることやった。そうやって演奏会やったら立ち見まで出て盛り上がり、思い出深い演奏会になった。ニグロに至ってはとしちゃん(Alto坂口敏子さん)のパフォーマンスが大受けに受けた(笑)。

(あれはパフォーマンスですか(笑)。僕もあの演奏会が一番思い出深いんですが…。そして第6回?)
いや、まず第5回のあと、僕にとって二つの大きな出来事があって。一つは同志社グリーとアメリカ演奏旅行に行ったこと。僕が指揮してボストンシンフォニーホールでミサやって、福田も歌ってたなあ。もう一つは男声合唱団“なにわコラリアーズ”の結成。これは四宮(元団員)と山本テツと一緒に。かねてからの男声合唱の響きに対する渇望があって、それが遂に形となった。

(そういう指揮者として貴重な経験をして…いよいよ第6回演奏会ですね)
そう、第6回演奏会では大ホールへ展開へするという、大きな賭けに出た。初めての千人規模の演奏会場(森ノ宮ピロティホール)。さらに大きなメインとして、よどこんのオリジナリティを出そうということで、オリジナル編曲ものをプログラムに入れた。それがだんだん話が膨らんでいって自分でもビックリしたけど、終いにはプロのソリストを呼ぶことになったり、谷君が張り切ったりしたが…、いろんな相乗効果も出た。
最初はそこまで考えてなかったから、やっぱりよどこんの容量としてはちょっと大きかったかなあ…と思いながらやってたんやけれども。ただ常に目標を今の現状よりも(音楽的にも活動としても)上に置くことによってみんなも頑張ってくれてた。

(オリジナルの「編曲もの」について…もう少し)
編曲ものの一つの意図として、既成の合唱曲だけとちがって井の中の蛙にならずに、いろんな歌を楽しもうというのがあった。もちろん編曲っていうのは王道ではないけれども、オリジナルの合唱曲の面白さとは違うものを発見しようとして、いろんな音楽に触れたいと思って始めた。世の中には、文学や映画や恋愛や喧嘩や生活や仕事があって、その中に音楽があって、その音楽の中にもポップスもあればジャズもあればクラシックもある。たまたま合唱曲もあって、僕らはその中の混声合唱という分野をやってるだけやと。当然もっともっと広い音楽のジャンルはあるし、むしろそういう音楽を歌って味わいたい。そういう気持ちからも取り上げた。常々よどこんは合唱曲だけとちがって編曲ものを入れてるけれども、たとえば民謡とか。民謡なんかも僕はほんとにいい曲たくさんあると思ってる。合唱曲ってすごい狭い世界やな。そういう所に入り込みたくなかった。いろんな音楽の楽しみ方を味わいたいなという気持ちが常にあって、それは今も変わってない。それがいい方に作用して、演奏会としてはご存じの通り。一番うまくいったんちゃうかな。

(そして第7回演奏会となるんですが…)
一つだけ。第6回から第7回の間で、僕が容量オーバーしてきてたんやな。その一年でステージ10個に自分の結婚まであって、さすがに忙しくて、ちょっとオーバーワークかなと。自分としては、自分が仕掛けて回転していったよどこんの活動を、うまいこと制御しきれなかったというところがあった。一つの反省点です。

(それでは、よどこんの今後…第8回演奏会とその先についてお願いします)
第8回演奏会で具体的に考えてることは、編曲ものは一区切りであること。当初から、オペラ・ミュージカルのオリジナル編曲は3回というのを念頭に置いてた。それから暗譜も2曲したいなあと思います。やっぱりよどこんは暗譜で乗らないと。前を見て歌ってほしいなと第7回の時にすごく感じた。前を見ないと歌えない、よどこんに関しては。暗譜が全てとは当然思わへんけれども…。それに、武満は大好きなんで頑張りたい。
3回の編曲ものが終わった段階で、一つのよどこんの方向性っていうのを、今後の長期的な展望をしたときに考えていかなアカンことやと思うな。どうやってよどこんらしさを作っていくのか。 たとえば、オリジナル編曲ものを今後よどこんとして続けていくのか、あるいは演出的なステージを一つの売りとして続けていくのかということが一つやな。それから合唱団としての底力のアップ。取り組む曲も、本格的なオリジナルの曲にもっと取り組んでいくべきなのかとか…。
よどこんらしさを保ちながら底力を上げていくというのを模索しないとあかんやろうと思う。当然そこにはボイストレーナーの問題や客演指揮などの力を借りることも考えられるけれども、合唱団としてそれを受け入れられるだけの活動の基盤を作っていくというのがまず第一の課題やと思う。

(具体的には?)
技術的な受け皿を用意する。たとえばスタッフや練習回数、取り組む曲目やパー練の確保など。もう一つはマネージ的な受け皿。先生や連盟との関係や、大規模合唱団として活動していくための、組織としてのコミュニケーションの在り方、具体的には練習場の確保やスタッフの充実などを含めて考えていきたい。
組織として運営していくためには現状を認識して、大きな底辺のまま組織を引っ張っていくことが大切やなあと思う。そして、どこの団よりもアットホームなよどこんの雰囲気はこわしたくない。その中で、現状の中でよりよい選択をしていきたい。そうじゃないと、目指すものはあっても空中分解しかねない。
一般の合唱団は学生と違うから、転勤もあるし結婚もあるしな。そういったことで必ずしもベストな状態に常にあるとは限らない。僕も、昨年学生の合唱団を振ったけれども、同志社グリーで演れることとよどこんで演れることって全然違うと思ってる。今のよどこんでな。よどこんっていうのはまだ成熟した合唱団じゃないから、現状の中でよりよい選択とよりよい判断をしていきたい。

(それでは、最後に質問コーナー。まず、学生の時から恵司さんの指揮にはファンがいたようですが…?)
山崎さんに聞いて…(笑)。まあ、いろんな人から手の表情がいいと言われたことがある。父親からも言われたなあ…。父親の話でいうと、僕の父親は聾唖教育(手話通訳)の第一人者といわれてるんやけど、手話は記号ではないんやな。父親の豊かな所は、仕草とか表情とかによって耳の聞こえない人に気持ちまで、言葉で説明できない所まで伝えていたところと思っている。心を表現していた。そこら辺を受け継ぎたいと思っている。何かを語ろうとしていると言われたことがあるなあ…。
それと目指すものとして、僕は合唱指揮という世界だけにはまり込みたくないと思ってる。自分の気持ちの中には、日々感じることを表現したいという気持ちがある。合唱指揮にもいろんなタイプがいると思うけれども、たとえば最低限の仕事にアンサンブルや音程を整えるという技術的な仕事がある。でも僕が一番興味があるのは、出来上がった技術を使って何かを表現することである。むしろ、言葉にもならないし文字にもならないし、解説も批評もできない気持ちってあるやん。好きやけど言えないとか、なんかモヤモヤっとして寂しいというか。そういうことを音楽を通して感じあったりしたい。感受性の心のひだを常にふるわせていたいと思う。
合唱で思うことは、僕が合唱と初めて出会って感動したのは、一人でやれないということ。当然合唱団で活動することは、合唱団に集まってる人と自分らが持ってる世界を広げあう楽しみがある。当り前のことやけれども。それで、いろんな人と出会うだけじゃなくって、いろんな人と音楽という切り口で接しあえるということが重要なんやろうな。それがいいなと。ハーモニーっていうのはお互いに違う所で力を発揮しながら支えていくもの…っていうのを感じる。

(よどこんの究極の目標を具体的に…)
一つはフォーレのレクイエムをやろうということ。もう一つは演奏旅行に行きたい。コンクールで全国に出れば手っ取り早いな(笑)。あと一つ、みんないい顔をして歌ってる団だなって言われたい。手話の話でいうと、手にグローブをして通訳するのと覆面をして通訳するのと、どちらが聾唖者に伝わるかというと前者である。結局、手話っていうのも手で記号を出してるのではない。顔があったり身体があったりして気持ちを伝えてるから伝わるんだと。そういう講演を、僕が小学生の頃に父親がしてたのをいまだに覚えてる。僕が常に歌うことを、合唱団を考えた時に必ず思い浮かべる言葉です。

(最後に私生活を少しだけ。最近は子守に忙しい…?)
最近料理をするようになったな。大したもんは作れませんが。趣味は、映画、美術、それと衝動買いと哲学。最近の哲学は難しくも重くも軽くもない。僕は、料理でいうと塩や胡椒のようなもので、主役になったりはせず、あらゆる味を作ろうとするときに無意識の内にベースになっているものと考えてます。

(料理の話になりましたね…)
最近凝ってるのは…やっぱり料理かな。

(どうも、ありがとうございました。)

(聞き手■木場祐聡)


●ESSAY●弓庭育子の遥かなるタイランド

 ちかごろ身の回りにぱっとしたことがないし、ここらでちょっと大きなことをしてみようか。そんな思いがムクムク頭をもたげ、とんとん拍子に話がすすみ、3人の道連れとともに行ってきましたタイ王国。2ヵ月の滞在で見えてきたものは…。

●8月のタイは涼しかった
 夏休み2ヵ月間の外泊をするにあたって、家族と「まめにファックスを送りあうこと」を約束しました。おかげで1週間に1度は日本から「名古屋で最高38度を記録」とか「暑くて蚊もいません」と、苦しげなファックスが送られてきました。私からは「今日スコールが降ってとても過ごしやすいです」「クーラーも扇風機もいりません」という返事ばかりで、あぁタイまで来た甲斐があったわぁ…とすっかり満足していました。

●あっ日本製やっ!
 あちこちにありました。日本製品はタイでは大人気です。もしかすると日本製品と気付いていないタイ人もいるかもしれません。幼稚園児からOLまで、セーラームーンやけろけろけろっぴ等のキャラクター商品を持ち歩いています。車はトヨタやホンダ、ニッサンの大きなロゴマークつき。百貨店に行けば資生堂やカネボウ、コーセー、POLA、なんでもござれ。偶然ですが本物のイッセイ・ミヤケがキャンペーンでタイに来ていました。電化製品ではCDコンポやラジオならパナソニック。炊飯器やポット、洗濯機はシャープ製品に人気がありました。扇風機や電気鍋に'HATACHI' とか' HANABISHI' というブランドがたくさんありました。これって日本のメーカーだったんでしょうか。LUX もPANTENEも、軽石もありました。「ハナミ」と言えばかっぱえびせん、「カニ」は蟹かまぼこ、「サムライ・ボール」はタコ焼きを指します。長距離バスで旅行していると、運転手さんが音楽テープをかけてくれます。するとあれ不思議、タイ語や中国語系の言葉にのって、「北国の春」や槙原、大貫妙子のB面っぽい歌が流れてくるではないですか。東急デパートやイセタン百貨店ではミスチルやサザン、小田和正が日本語でじゃんじゃん歌っていました。

●今日も渋滞、明日も渋滞
 わたしは現地の大学が開設するタイ語コースを受講していたので、2ヵ月のほとんどを首都バンコクで過ごしました。バンコクの一日は渋滞に始まり、渋滞に終わります。人口密度は東京の半分にも満たないはずなのに、道路は車であふれかえっています。ラッシュアワーの夕方4時以降は首都の交通機能がほとんどマヒし、排気ガスの白い煙が霧のように街全体をつつみます。人と待ち合わせをするなら3時まで。もし5時に約束しようものなら、彼(彼女)は8時にならないとあらわれないでしょう。私も一度ならず、渋滞で苦い思いをしました。同宿の友達と、6時に夕食の待ち合わせをしましたが、そのうちの一人が現われません。案の定、30分ほどして彼女から電話が…。「やられましたー!渋滞です。バスに1時間のってましたが、全然動かないんです。今、自分がどこにいるかもわからないんですよ。」彼女はそれから2時間かけて私たちのゲストハウスに歩いて帰ってきました。じりじり照りつける日差しをあびながら、すし詰め状態の車道の横を歩いているとき、携帯電話で話している人をよく見かけました。街の公衆電話の半数が常に故障していて、しかもこの強烈な渋滞があれば、当然のことかもしれません。タイではここ数年で携帯電話が急速に普及しています。わたしの見たところ日本以上かもしれません。しかし車と同様、携帯電話もタイ人にとって決して安い買い物ではなく、よほどの収入がなければ手に入らないはずです。でも、みんなもってるんですね。タイ人はあまり歩きません(暑いからです)。車が大好きで、普通バスよりエアコンバス、エアコンバスよりタクシーに乗るのが好きです。そして、夢はベンツやBMWの自家用車に乗ることです。タイ人にとって車は一つのステータスシンボルらしく、ちょっとくらい無理してでも車を買います。そして前にも後ろにも動かない道路に繰り出して約束の時間に間に合わなくなると、これまた無理して買った携帯電話で連絡をとっています。首都バンコクに住む人々は口癖のように「渋滞はバンコクの病気」と言いますが、彼らの自尊心もその一因になっていることは気にならないようです。

●マッサージ学校はお寺の中
 2ヵ月の滞在をマンネリにしないため、もう一つ学校に通うことにしました。わたしが選んだのは按摩師への道。その道では名門校らしいワット・ポー寺院のマッサージ学校をガイドブックでみつけ、いざ出発。教えるかたわら、お客もとっているちゃっかりした学校だったので、初日はお金を払ってマッサージをしてもらい、腕前を拝見。これなら大丈夫と納得し、さっそく弟子入り。わたしが紹介されたのは学校で一番年長の70歳の先生でした。このプット先生、学校で一番権威のある先生だったと知ったのはわたしが卒業してからでした。先生はどのツボが何の病気に効く、といった説明はいっさいなしで、ひたすら御自身の凝っている場所を指して「このツボをぎゅうっと」「この筋をぎゅうと」「う〜ん、よしよし」を繰り返していました。一日3時間のけいこのうち、半分は先生ともう一人のお弟子さんがわたしをマッサージしてくれるので、その間は天にも昇る思いで眠っていました。(ほんとは、この時にツボや筋の場所を自分の体で確認しなければいけない。)先生の教えのおかげでわたしは理論ではなく、体でマッサージを覚えていきました。ゲストハウスに帰ってからも友達を使ってさっそく復習。仲良くなったお弟子さんの家に遊びに行って、二人で交代で練習したこともありました。終了証書をもらった日には、先生と記念撮影をしたり、お礼に小さな招き猫の置物を渡したりして学校を去りました。この学校がわたしのタイ滞在に大きな花を添えたことは、言うまでもありません。

●友達ができた!
 タイ人は外国人に対して非常に協力的です。友人は街でまごまごしてたら、怖い面構えのおじさん二人がやってきて「あぁ、殺されるぅ」と思ったら、二人はタイ語でべらべらーっと地理を説明し、そのままどこかへ行ってしまったそうです。私はタイでたくさん友達ができて最高に幸せでした。毎日だれかが電話で安否をたずねてくれました。大学寮の運動会に誘われたときは、応援に行ったつもりがハチマキとタスキをわたされ、一緒に綱引きをしてドロドロになったし(グランドは雨でみずたまり状態)、別の大学へ遊びに行ったとき道を尋ねると、女学生がにっこり笑ってバイクに乗せてくれ、三人乗りでキャンパス内を観光しました。日本へ帰る日には寮の学生が「一人で帰るのは淋しかろう」とタクシーに6人乗りして空港まで送ってくれました(車中ではタイ語スラングの集中講義を受けました)。一人ずつ餞別の品をくれるのですが、自分で編んだ豪華な花輪をくれる人もいれば、身につけている髪止めピンを一つはずしてくれたり、筆箱をあけて大学のネームいりのペンをくれたり、自分の写真をくれる人もいました。どれもわたしには宝物で、帰国後も大事に使っています。

●もう一度いくぞー!
わたしのまわりの人の言葉や、今まで読んだ本には「最近タイ人の顔から微笑みが消えてきた」という指摘がよくありました。でもタイへ行ってみて、タイはまだまだ「微笑みの国」だという印象を強く受けました。タイ人は言葉で挨拶するよりも、笑顔で相手と目線をあわせることの方を大切にするようです。日本へ帰ってきた直後、私はタイ人のあのなに気ない笑顔の値うちが胸にしみました。やっぱりタイって国はすごい。次なる目標はもう決まりです。「お金ためてもう一度いくぞー!」


●レク委から●クリスマスパーティ'95

レク委■五味渕晶子
今年のクリスマスパーティーは12月23日(土)の練習後、17:30〜20:00に淀川善隣館にて行うことに決定いたしました。今回はプレゼント交換をメインに、団員の芸を挟んでお送りしようと思っていますので、皆さま各自芸を仕入れておいて下さいね。また、太田さんの「アカシアの径」が聴きたい!!とか、男声の「おんな、おんな」(当然踊り付き)を再び見たい!!とか、『あの人のこんな芸を!!』というリクエストがあれば、気軽にレク委員までお申し付けください。出演交渉させていただきます。
12月23日なんてまだまだ先だと思っているあなた!!あっという間にやって来ますよ。プレゼントを今から考えておいて下さいね。そのプレゼントに決めた理由やそれにまつわる想い出など、何かコメント付きで渡してもらいますのでよろしくお願いします。
OB、OGの方々にも多数案内状を送るつもりですので、友人、知人、ご家族の方にも声をかけて気軽に参加してもらって下さい。当日の夜は善隣館で宿泊もOKです。皆さまで大いに盛りあがりましょう!!

●遠藤久顕の演奏会情報●

【北島マヤの巻】「亜弓さん…。どうしてあんな人がいるんだろう。輝くばかりにきれいでお金持ちで演劇界のサラブレッド…。」「元気出しなよ、マヤ。明日桜小路くんと第九ききにいくんだろ。」「うん…。ありがとう、麗。」
 
November●11月
日程・曜日団体名会場
12・日合唱団フェニックスエルシアター
大阪H・シュッツ合唱団
「柴田南雄・その響き」
アルティ
16・木京都男声合唱団アルティ
19・日大阪教会会堂復興のための
チャリティー音楽会
大阪教会
20・月花園大学混声合唱団京都市アバンティホール
22・水大阪外国語大学混声合唱団メイプルホール
23・木市民合唱団コール・ライゼ大津市民会館
24・金滋賀大学グリークラブ長岡京記念文化
28・火沸教大学混声合唱団長岡京記念文化
December●12月
日程・曜日団体名会場
1・金同志社学生混声合唱団CCD長岡京記念文化
2・土大谷女子大学合唱団ラブリーホール
3・日奈良女子大学音楽部奈良女子大講堂
大阪薬科大学混声合唱団エルシアター
6・水大阪市立大学合唱団フリーデ森ノ宮ピロティ
7・木京都大学グリークラブアルティ
神戸女子大学コーラス部神戸文化大ホール
8・金立命館大学混声合唱団メディックス長岡京記念文化
9・土神戸大学混声合唱団アポロン神戸文化大ホール
慶應ワグネルソサイエティーザ・シンフォニーホール
10・日大阪H・シュッツ合唱団
ベートーヴェン「荘厳ミサ」
いずみホール
大阪大学混声合唱団尼崎アルカイックホール
京大音楽研究会ハイマート合唱団八幡市文化
12・火大阪経済大学グリークラブ新大阪メルパルクホール
13・水立命メンネルコールザ・シンフォニーホール
関学混声合唱団エゴラド尼崎アルカイックホール
15・金関西大学グリークラブフェスティバルホール
大谷大学混声合唱団長岡京記念文化
16・土甲南女子大学コーラス部甲南女・芦原講堂
室内合唱団アンサンブル・ヘーメルス
「クリスマスキャロルの夕べ」
西宮ルーテル教会
17・日大阪H・シュッツ合唱団
バッハ「クリスマス・オラトリオ」
いずみホール
ノートルダム女子大学
18・月大阪市立大学混声合唱団アゼリアホール
19・火コードリベット・コール
「メサイア」
厚生年金・中ホール
21・木同志社大学グリークラブザ・シンフォニーホール
22・金神戸中央合唱団神戸文化大ホール
京産大混声合唱団ニポポ
「スサノオ」ほか
上木門下生によるうたの集い阪急豊中駅前ゆやホール
23・土よどこんXマスパーティ淀川善隣館
エコー・フローラ
「クリスマスコンサート」
厚生年金・中ホール
24・日全同志社メサイア演奏会京都コンサートホール
January●1月
日程・曜日団体名会場
6・土合唱団ボイスフィールド
「スサノオ」
ザ・シンフォニーホール
7・日ハンガリー国立ブタペスト・オペレッタ劇場
「メリーウィドウ」
フェスティバルホール
13・土なにわコラリアーズ宝塚ベガホール
18・木神戸市外国語大学神戸文化中ホール
大阪樟蔭女子大学コーラス部尼崎アルカイックホール
20・土関西学院大学グリークラブ神戸文化大ホール
25・木武庫川女子大学尼崎アルカイックホール
28・日関西学院大学グリークラブフェスティバルホール
30・火大阪大学男声合唱団フェスティバルホール

●WITTY BREAK●遠藤久顕の位相幾何学概論

第12回は「ウルトラスーパー無限次元的非可換微分幾何学的非線型解析的な絶対に解けそうにないようでいて5万年ぐらいかかれば解けるかも知れないけれど人間そんなに生きられないのでどうでもいいやと紙飛行機にして飛ばしたくなる超難解パズル」にすると僕にも解けないので「複合ワードパズル」です。

※本コーナーはONLINE版ではお楽しみいただけません。


●木寺洋介のHow do you do?●

それは詰め襟を着た三人の学生で、まん中の一人が持ったノボリには大きな字で「腹式呼吸」と書かれていた。三人は一列にぴったりと重なって歩き出しながら、ものすごい声量で発声練習を始めた。「あ〜え〜い〜お〜うぅ〜」…三人の合唱隊は、声を出し切るたびに、へっこんだお腹を信じられないくらいの大きさにぼこっと膨らませる。…耳を抑えてのたうつ人々を尻目に合唱隊はスタジオの端まで歌いながら進んだ。スタジオの出入口のドアに手をかけた三人はくるりと振り向いて両手をひろげ、最後に、「デュワ〜〜ッ」とハモってからドアをくぐって姿を消した。「見たかね。今のが“妖怪グリークラブ”だよ」(中島らも『フレームレス・TV』より)
え? 特に意味はありませんが…。

入団■平成7年9月10日
Bass 小山 正(コヤマ・タダシ)さん
Bass 浜中仁史(ハマナカ・マサシ)さん

入団■平成7年10月22日
Alt.藤原丈子(フジハラ・タケコ)さん

※本コーナーはプライバシー保護のため、ONLINE版には若干の制限を加えています。


●編集後記●


本誌についてのご意見、ご感想をお待ちしています。また、合唱を取り巻く身の回りの愉快な出来事やエピソードなども、あわせてお知らせください。
編集部へのご連絡はE-mail:
tani@ttdesign.co.jpにて。
YPO-VOL.22/Copyright(c)1995, T&T Design Lab.